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第13話
天王寺はバランタインのオンザロックを二つ頼んだ。
バランタインは口当たりもよく、ストレートで飲まれることも多い酒だ。
ただ単に、オンザロックが好きなだけかもしれないが、酒に強くないと言ったましろのためなのではないかと思うと、子供の頃から変わらぬ彼の面倒見のよさに、心があたたかくなった。
天王寺はグラスを手にすると、乾杯するでもなく無造作に口をつける。
自分のためにありがとうございます、などというのもおこがましい気がして、小さな「いただきます」に想いを込めてましろもグラスを手に取った。
口当たりがいいので、うっかり勢いよく飲んで酔っ払ってしまわないようにちびちび飲んでいると、天王寺はちらりとこちらに視線を向けた。
「何か……話したいことがあるようなことを言っていなかったか?」
「あ……」
天王寺には聞きたいことがたくさんある。
あの夜、何故あんなことをしたのか。このビルのエントランスでキスをして抱き締めた理由も。
しかしここでそんな話はしにくい。
今はまだ開店直後で客も少ないとはいえ、『SHAKE THE FAKE』はそこまで広い店でもないので、近くを通れば話が聞こえてしまうだろう。
堂々巡りになっている気もするが、できればそれはプライベートで話したいと思う。
もちろん、そのことだけではなく、今まで天王寺がどうしていたかや、今どんなことをしているか、聞きたいことは沢山ある。
……ただ、それを聞いていいのかどうか、ましろには判断がつかなかった。
どうするべきか迷い黙ってしまったましろを、天王寺は急かさない。
オンザロックで頼んでくれたこともそうだが、所々に感じる気遣いに、改めて天王寺の優しさを知る。
話をしたいと言ったましろのためにわざわざ店に寄ってくれたのだとしたら、用を済まして早く帰りたいのかもしれない。
「……ここから車で十五分くらいのところに、イングリッシュガーデンがあるのをご存知ですか?」
「いや。場所柄、それくらいのものはありそうだとは思うが」
唐突な話題に、微かに驚きを見せた天王寺だが、特にそれを咎めることはなく、普通に返してくる。
個人宅ではなく、多くの人が鑑賞するための植物園のような施設だと説明し、ましろは一拍置いた。
挨拶をするだけで不快にさせてしまうくらいだ。
いい返事をもらえるはずもないが、せめてエールを送ってくれた優しい友人に、結果は駄目だったけど頑張ったと胸を張りたい。
「知り合いの方に、チケットを二枚いただいたのですが、……い、一緒に、行きませんか」
勇気を振り絞って誘ったが、案の定天王寺は眉を寄せて黙ってしまった。
断る理由を探すような横顔を見て、やはり駄目だったかと落胆する。
気を使わせたくはない。気にせず断ってほしいと伝えようとすると、先に口を開いたのは天王寺だった。
「店の外で客と会うのは禁止なんじゃないのか?」
「えっ……そういうのでは、」
もしかして、営業だと思われてしまったのだろうか。
確かに今は勤務中で、私的に遊びに行く話をするのはよくなかったかもしれない。
幼馴染みとして…とましろは思っていたが、今の自分たちは二人で連れ立って出掛けるような関係ではないのだから。
「それに……そのチケットをお前に渡した奴は、お前と一緒にいきたかったんじゃないか」
更に指摘されて、ましろは目を瞠った。
『知人からもらった』と言っただけで、碧井の意図までわかってしまうのか。
厚意に甘えてしまったが、碧井はましろのように植物が好きなわけではなくても、好きだった人に振られて落ち込んでいたのだ。
天王寺の指摘はもっともで、少し強引にでも一緒にいこうと誘うべきだったかもしれない。
「……だとしても、そいつに遠慮してやる理由もないか」
己の業の深さに項垂れると、耳に届いた言葉。
「?」
よく聞こえず聞き返そうとしたが、懐からスマートフォンを取り出した天王寺が「お前はいつが都合がいい」と覗き込んできたので、自分も慌ててプライベートにも使っている支給の端末を取り出した。
「わ、私は、夕方までにここに戻って来られればいいので、いつでも大丈夫です」
「そうだな……じゃあ……」
どうして突然行く気になってくれたのだろう。
仕事の予定でも入れるかのような淡々とした天王寺の横顔を見ながら、ましろは戸惑いを殺せなかった。
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