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第14話
不安と期待の入り混じった複雑な気持ちで迎えた約束の日の朝、天王寺は近くまで車で迎えにきてくれた。
朝晩の冷え込みが強くなり紅葉も終わろうかという今は爛漫と花が咲き誇る季節ではないが、イングリッシュガーデンには少し早いクリスマスのディスプレイがなされて、秋のバラもまだ咲いていたため、十分に見所はあった。
それにましろからすると、どんな植物も『見頃』は一年中だ。
ガーデナーがどんな風に寒さから植物たちを守っているのかを見るのも勉強になるし、『見頃』の花がないと訪れる人が少なく、見たい場所をじっくり見られるのも嬉しい。
途中で一人で楽しんでしまっていることに気づき、申し訳ないと謝ると、天王寺は「俺も植物は嫌いじゃないから、楽しんでいる」と返してくれて、ましろは浮き立つ気持ちを隠せずに、植物の話を沢山してしまった。
天王寺が植物ではなく、話と観察に夢中なましろを見ていたことにはまったく気付かない。
併設のカフェで遅めの昼食を摂った時も、天王寺はにこやか……というほど砕けてはいないが、終始穏やかな様子で、ましろの心に希望が生まれる。
もしかして、今後もこんな風に出掛けたりできるのではないだろうか。
改めてこうして共に過ごすと、天王寺はやはり素敵な人だ。
すらりと背が高く、整った顔立ちは精悍で、見た目もいいのだが、所作が綺麗だ。
きびきびとしているのに、せわしなさはなく、むしろ優雅さこそ感じる。
急かさない適切な相槌も、先に立って扉を開けてくれる優しさも。
もしかして、そうして気を使いすぎて、ましろのことが負担になったのではないだろうか。
そうだとしたら、無理をしないでほしいと伝えたい。
一通り見終わって、イングリッシュガーデンを後にした帰りの車内で、もう少し一緒にいたくなり、子供の頃のことも含め、先日店でできなかった話もしたくて、天王寺を部屋に誘った。
その誘いに戸惑いの表情を浮かべたものの、天王寺は部屋まで来てくれた。
靴を脱ぎ、コートを受け取ろうと天王寺のそばに行く。
「あの、もしこの後予定がなければ、夜まで……」
ついでに今日のお礼……になるかどうかはわからないが、夕食を振る舞いたいと思い、今夜はここにいてもらえるかと訊ねた。
あまり手際が良くないので少し時間はかかるかもしれないが、ましろの作るものは城咲から教わったレシピばかりなので、味は保証されているはずだ。
ちゃんと一人暮らしをしているということが伝われば、天王寺も負担になる程にましろに気を使う必要はないと気付くかもしれない。
だが、その提案に天王寺は急に眉を寄せ、再会してからよく見る不機嫌そうな表情になってしまった。
「どうして、お前は……」
「?」
「やはり、今日は帰る」
「えっ……」
突然態度を変え、玄関の方へと踵を返した天王寺に、ましろは焦った。
天王寺がまた行ってしまう。
これでは、いつもと同じだ。
またいつこんな機会があるかもわからず、一体何が悪かったのかもわからない。
どうして、天王寺はましろを拒絶するのか。
ましろのことが煩わしいならば、はっきりとそう言ってほしい。
切なくて、縋るようにコートに手を伸ばし、引き止める。
天王寺の足が止まり、ましろは俯いたまま、祈るような気持ちで想いをぶつけた。
「お願い、します……」
「何を……」
「あの時……」
まだ幼くて、何もわからなかったあの頃。
『お前は、何にでも「はい」って言うんだな』
「あの時、私はどうすれば……今も貴方のそばにいられたのか、教えてください……!」
どこで間違えたのか、そして今この瞬間も間違え続けているのか。
聞きたいことは、突き詰めて考えると『どうすればこの先天王寺のそばにいられるか』に集約されているのだと気付いた。
「ましろ……」
永遠とも思えるような時間の後、何かを堪えるような声が聞こえ、熱い手が頬に触れた。
不思議に思い、恐る恐る顔を上げた瞬間。
唐突に唇を塞がれて、ましろは驚きに目を見開いた。
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