25 / 103
第25話
電話で告げられた通り、それきり天王寺からの連絡は途絶えた。
仕事で『SHAKE THE FAKE』の方には来ているようだが、ましろが顔を合わせることは無い。
『お前は、何にでも「はい」っていうんだな』
あの時と同じだ。
大人になって、少しは成長したと思っていたけれど、やはりましろには天王寺の言葉の意図が分からず、狼狽えるばかりで。
突然優しくなった天王寺の真意を、わからないままでもいいなどと思ってしまった卑怯な気持ちが、伝わってしまったのだろうか。
過去のことはともかく、今回天王寺の様子が変わったのは、ましろが彼の母親に会ったと告げた時なので、そのあたりのことを考えてみる。
ましろと母親を会わせたくなかったのだろうか?
電話口で天王寺は、『お前のことを話したのか』と聞いた。
今の関係について母に何も言うなということであれば、『俺達の』『俺との』という言い方になりそうな気がする。
何故、ましろ自身のことを話したらいけないのだろう。
『SHAKE THE FAKE』は、オーナーである月華がダークサイドの人間であり、職種自体も風俗なので、そんな人間と付き合いがあることを知られたくなかったから?
一番ありそうな仮説ではあるが、……それもなにかしっくり来ない気がした。
仮に、彼がましろの仕事やその関係者を快く思っていないのだとしたら、そもそも近付かないのではないかと思う。
天王寺が最初にましろを指名したりせず、知り合いだということを誰にも知られたくなさそうならば、ましろだってしつこく話をしたいなどとは言わなかっただろう……。
色々と考えたところで、どれもこれも憶測でしかなく。
沈んだ気持ちのまま、日々が過ぎていく。
今日も碧井にいつものようにランチに誘ってもらったが、話の途中で何度もぼうっとしてしまい、申し訳ないことをした。
一人の時はともかく、誰かといるときにそんなことではいけない。
店を出てましろの部屋へと向かう途中、謝るタイミングを探っていると、先を歩いていた碧井は、コンビニエンスストアを指差した。
「俺、ちょっとコンビニ寄ってくから、ハクは先戻ってて」
「わかりました」
部屋でゆっくり話せばいいかと思いながら、一旦別れる。
とぼとぼ歩いていると、見覚えのある人物が見えてきて、ましろは目を瞠った。
「ましろ君」
天王寺の母親だ。
目が合ってしまったため、気付かないふりで通りすぎることはもうできないだろう。
相手にするなと言われても、これを無視することができるほどましろは心臓が強くない。
「よかった、また会えて」
「……こ、こんにちは」
「今日は時間が取れるから、よかったら話を聞かせて」
にっこりと微笑まれて、鼓動が嫌な風に跳ねた。
断らなくては。
けれど、なんと言って?
天王寺はああ言ったが、偶然もう一度会うことなどあるのだろうかと思っていた。
アドリブは、ましろの一番苦手とするところだ。
「あなたの時間は大丈夫?そこのカフェにでも入らない?」
「あっ……あの、」
おろおろとしながら、それでも天王寺に言われたことを違えたくなくて、断りの言葉を口にしようとした時、横からぐいと腕を引かれた。
「こんなところにいた」
碧井だ。
ひょこっと顔を出すと、ましろを後ろに追いやるようにして間に立つ。
「あら……お友達?」
「お話中にすみません。俺たちちょっと急ぎの用があって……」
「あら、そうだったの?」
「ましろ、綺麗な人に引き留められて断りにくかったかもしれないけど、急ぐんだから頼むよ」
「あ……ごめんなさい」
急ぎの用などあっただろうか?
首を傾げるましろには構わず、碧井はスマートフォンを取り出すと、すいと彼女に身を寄せた。
「彼には後で連絡させますから、よろしければ連絡先を教えてもらえますか?」
アイドルのようにキラキラとした微笑みを至近で向けられた天王寺の母は微かに頬を染め、操られるように素直に、碧井へと番号を伝えてしまう。
「じゃあ、電話ちょうだいね。あなたは彼のお友達なの?お名前伺ってもよろしいかしら」
「アキラです。山手の方に一人で暮らしているので、お時間がある時にはぜひ寄って行かれてください」
「まあ……ありがとう」
「さ、行こう」
「は、はい。あの、失礼します」
流れるような鮮やかさで誘いをかわした碧井に引っ張られながら、ましろはペコリと頭を下げた。
ともだちにシェアしよう!