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第24話

 翌日。  地下鉄を降り、のんびりと地上までのエスカレーターを乗り継ぐましろの心は弾んでいた。  天王寺に頼りにしてもらえた嬉しさが、いつまでも胸をぽかぽかと温めている。  部屋にいてもそわそわとして、普段は方向音痴のため近所にしか出掛けないというのに、珍しく一人で電車に乗るような遠出をしてしまった。  行き先は園芸専門店だ。  目当てのものがあったわけではなく、植物を見て心を落ち着けようと思ったのだが、猫草が売られているのを見て、思わず買ってしまった。  シロの興味がテーブルヤシよりこちらに移ってくれたらいいなと思ったのだ。  昨晩天王寺は、明日は早朝から仕事なのだと言って、食事の後、車で送ってくれた。  ましろは、そんな忙しい人にもう少し一緒にいたいなどと我儘を言ってしまったことを反省したが、その分、植物を元気にすることで返そうと誓う。そうすればましろに使った時間も無駄にはならないだろう。  相変わらず、天王寺のましろへの気持ちはよくわからない。  優しくされることで、ますます本当のことを聞けなくなるなんて誤算だった。  このまま知らなくてもいいんじゃないか……というのは、あまりにも意気地がなく、卑怯だとは思う。  こうして有耶無耶にしてしまうことで、また子供の頃のように愛想をつかされてしまうかもしれないという不安もあった。  けれど、しつこく聞いて煙たがられるよりは……。  そうして思考をループさせながら歩いていると。 「あなた……羽柴ましろくん、よね」  『SHAKE THE FAKE』の入るビルが近くなってきたあたりで、突然するりと近づいてきた女性に、そんな風に声をかけられた。  母と同じくらいの年齢だろうか。身なりもよく、綺麗な人だ。  ただ、女性で、しかも世代の違う知り合いに心当たりはない。  『SHAKE THE FAKE』にごく稀に女性の客が来店することもあり、指名をされたことも一度か二度はあったと思うが、目の前にいる人ではなかったように思う。  あとは、中学生くらいまで、ましろは親に連れられてパーティに参加することが多かったので、そこで自分を見かけた誰か……などだろうか。  公の場では何か粗相をして母に怒られるのが恐ろしく、いつもできる限り目立たないようにしていたから、正直出会った人のことはほとんど覚えていないが……。 「会うのは初めてよね。天王寺千駿の母です」 「ち……千駿さんのお母様、ですか?」  それは予想だにしないことで、ましろは驚いて目を丸くした。  言われてみれば、気の強そうな目元などに面影があるような。  天王寺の口から家族の話を聞いたことは子供の頃から今に至るまで、ほとんど……いや、一度もないかもしれない。  今にして思えば、コミュニティの狭い子供時代には、少し不思議なことのような気もする。 「子供の頃、千駿は家でいつもあなたの話をしていたから、初めて会う感じがしないわね。今はどうしていらっしゃるの?今日はお仕事はお休みかしら」  さらに衝撃の事実を聞かされ、ましろは驚きを通り越してフリーズしてしまった。  天王寺が、家族に自分の話を?  一体どんなことを話していたのだろう。  とても聞きたい。  もしかしたら出来の悪い友人の愚痴だったかもしれないけれど、それはそれで、天王寺があの時何を思っていたのか知ることにつながるかもしれない。 「あのっ……、千駿さんは、私のことを、どんな風に……?」  聞こうとしたとき、彼女のブランド物のバッグの中で電話が鳴り始めた。 「あら、ごめんなさい……。今日はこれからちょっと用事があるの。今度また、ゆっくり話しましょう」  スマホの画面を確認した天王寺の母親は、挨拶もそこそこにそそくさと立ち去った。  あとに残されたましろは、突然のことに硬直したまましばし佇んでいたが、とりあえず自分の部屋に戻ろうと歩き出す。  部屋に戻ると、すぐに天王寺にメッセージアプリで彼の母親に会ったことを伝えた。  この偶然が、天王寺との縁のような気がして、嬉しかったのだ。  天王寺は恐らくまだ仕事中だろう。  返事を待つことはせず、買ってきた猫草を窓際の棚に置こうとすると、スマホが電話の着信を告げた。 「(え……ちー様……?)」  想定外の即時の折り返しに、慌てて通話ボタンを押す。 「はい」 『母に会ったというのは本当か』  応答するのにかぶせるように、挨拶もなく問いかけてきた声音には、何か切迫したものがあり、ましろはひやりとした。 「は……、はい。家の近くで」 『何か、話したのか?』 「え、あの……」 『何か、お前のことを聞かれて、話したか?』 「い、いいえ。すぐにお仕事があると仰ってその場を離れていかれましたし、ご挨拶くらいしか……」 『………………………』  それきり黙ってしまった天王寺に、不安な気持ちが膨れ上がる。  もしかして、母親と自分を会わせたくなかったのだろうか。  自分は知らずに何かまた、天王寺を怒らせるようなことをしてしまったのか……。 「あ……の、ちー様……?」 『ましろ。もしも今後、その女が話しかけてきても相手にするな。お前のことは何一つ喋るんじゃない』  硬い声で命令されて、息を呑む。  何も説明されずにそう言われても困惑ばかりが募るが、逆らおうとは思えなかった。 「……はい」 『それから、……忙しくてお前とはしばらく会うことはできないと思う。だがもしも、あの女がまたお前に接触してきたときは連絡をくれ』 「え?」 『……じゃあな』  一方的に通話を切られ、ましろはスマートフォンを握り締めたまま立ち尽くす。 「(そんな……どうして?)」  予想外の展開に、先程までの高揚は霧散していた。

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