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第28話

 翌日、ましろの住むビルの地下駐車場にて。 「真人、今日はすみません。私用なのに、呼びつけてしまって……」  頭を下げたましろに、黒い愛車を背にした竹芝(たけしば)真人(まさと)は、水臭いなと優しく笑う。  しばらく外出は車で、という方針にはしたものの、運転免許を持っていないましろは、運転を誰かに頼むしかなかった。  竹芝は、オーナーである月華の『本業』の方で主に動いている男であり、『SHAKE THE FAKE』と直接の関わりはないが、出身校が同じなので、ましろにとっては先輩でもある。  黒いスーツにセンターで分けたオールバック。パッと見だけだとその筋の方なのかと身構えてしまいそうだが、穏やかな気性の人格者で、黒目含有率高めの瞳は優しい。  部下のうち誰か手の空いてる人を回してくれたらと思い連絡をしたのだが、まさか本人が来てくれるとは。  月華の用事で呼び出された際に送迎をしてくれることはあっても、私用で足代わりにしたことはなかったので、恐縮してしまう。 「家族を送って行くのに、仕事もプライベートもないだろ。いつでも呼んでくれていいんだぞ。もちろん、時間のない時はちゃんと断るから」 「はい……、ありがとうございます」  血の繋がった家族とは縁が薄いましろには、月華や城咲、そしてこんな風に言ってくれる竹芝が、実の家族のように感じられる。  月華が身近に置いているのは家庭に事情がある者が多く、だからこそ余計に互いを慈しみ合うのだろう。 「恵比寿の方だったな」 「あ、住所はこちらに」  車に乗り込み、シートベルトをすると海河から貰った天王寺の名刺を差し出す。 「ああ……、最近店に出入りしている奴か」 「ご存じなのですか?」 「この間基武(もとむ)が金の無駄だとかぶつくさ言ってたぞ」  基武というのは、姓を三浦(みうら)と言い、竹芝と同じく月華の『本業』側の人間で、つまり彼の同僚である。  こちらも出身校は同じだが、三浦はましろの後輩だ。  『SILENT BLUE』及び『SHAKE THE FAKE』の経理を担当させられており、財布の紐の緩すぎる月華に苦労させられているようだ。 「基武は……支出には厳しいですからね」 「まあ、サービスの質が向上したところで売り上げ上がるような店とも違うからなあ」  月華が会員証を渡した限られた人間しか来ない上に、キャストが高いボトルを入れてほしいと強請るようなこともしない店では利益が上がりようもないので、経理を任されている身としては、もうこれ以上金をかけるなという気持ちでいっぱいなのかもしれない。  『SHAKE THE FAKE』では、海河がどこぞから怪しげな仮面を買ってきたり、気分に合わせて制服を新調したりするので、しばし財布の紐との間でバトルが勃発している。  天王寺が板挟みで大変な思いをしていないだろうかと、ましろは少し不安な気持ちになった。  あれこれと話をしながらだと、東京まではすぐだった。  近くに車を停められそうな場所がないため、そこだ、と示されたビルの前で慌ただしく降りる。 「近くにいるから、用が済んだら呼んでくれ」 「すみません。もし長引くようなら、また連絡します」  走り去る黒い車を見送ってから、ましろは天王寺のオフィスの入るビルを見上げた。  七階建てだろうか、新しそうだがそう大きくはなく、主に貸し事務所などに使われている建物のようだ。  天王寺の会社は『Kukuli』というらしい。  天王寺本人のイメージからすると、かわいい響きだ。  案内板を見ると三階のようなので、エレベーターに乗りこむ。  扉が閉まって密室になると、勢いだけでここまで来てしまったものの、連絡も何も入れていないことに不安を覚えた。  行くと言えば断られるだろうから押しかけたわけだが、そもそも仕事中に突然訪ねてこられては、したくても対応できない可能性もあるのではないだろうか。  不在だったり、忙しそうだった場合はすぐに引き下がり、後日出直そうと心に決めた。  チン、と音を立ててエレベーターの扉が開き、目的地に降り立つ。  『Kukuli』はどこだろうかと首を巡らせると。 「何をしにきた」  突然、天王寺の冷たく険しい声が聞こえ、ましろはびくっと身体を震わせた。  恐々辺りを窺ったが、その姿は見えず、どうやらましろに向けて言ったわけではないようだ。  すぐそこの廊下の突き当たりに休憩室のようなスペースがあるようで、そこで天王寺が誰かと話をしているらしい。  立ち聞きはよくないと思いながらも、声をかけられるような雰囲気でもなく、ましろは息と足音を殺しながら近付いて、様子を覗いた。

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