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第33話

『ましろ』  目の前にいるのは記憶の中の小学生の天王寺だ。  ましろは、夢を見ている。  あの当時、学校で天王寺と話をする時間だけが、ましろの心の支えだった。  ここのところ、天王寺の表情は暗く、ましろは彼に元気になってもらいたくて必死で。  けれど、今日は久しぶりに名前を呼んでもらえたと、幼いましろの心は弾んだ。 『何ですか?ちーさま』 『お前は家で、祖父に会うことがあるか?』  珍しく家族の事を聞かれたましろは、少々意外な思いがして目を瞬かせた。 『お義祖父様に?……忙しいかたですけど……たまにいっしょに食事をします』 『話は?』 『いつも他の誰かと政治の難しい話をされていて……あまり』 『父親は?』 『お義父様とも、お話しする機会はほとんどないです』  ましろがどうしてそんなことを聞くんだろうと思っている間にも、天王寺の質問は続く。 『二人は怖いか?』 『怖くはないです』 『もしも………、』 『はい』 『……………………………、いや、いい』 『え?でも……』 『なんでもない。忘れろ』  その後も、何度かそんなようなことを聞かれたと思う。  そしていつも、天王寺は歯切れ悪くその話題を打ち切った。  ましろがどれほど応えても、天王寺は以前と同じように笑ってはくれなかった。  記憶の中の天王寺の表情が、今の不機嫌そうな表情と重なる。 『お前は、何にでも「はい」っていうんだな』  この時、自分が何に対して頷いたのかがどうしても思い出せない。  碧井や八重崎の言っていたことを真実だと仮定すると、天王寺はずっとましろのことを大切に想っていて、理由は不明だがましろのために己の母親から遠ざけようとしていたということになる。  では、この時も天王寺はましろを想い、怒ったのだろうか。  何か、頷いてはいけないことに頷いたから?  それを、思い出せれば……、 「う……」  自分の呻き声で、夢と思考の間を行ったり来たりしていたましろは覚醒した。  頭が痛い。  痛む個所を確かめようとしたが、何故か手が動かなかった。 「お目覚めか」  まだぼんやりとした視界に映るのは、見覚えのない事務所のような場所だ。  少し離れた場所から声をかけてきた黒いスーツの男には見覚えがある。  そうだ、自分は天王寺の母親を心配して出て行って……。  ましろはすぐに自分の身に何が起こったのかを思い出した。  天王寺の母親が危険な目に遭っていたら大変だと、急いでビルを出て彼女が引き込まれたように見えた場所に近付いていくと、幸いなことにというべきか、二人はまだそこにいた。  通り過ぎる振りで様子を確かめると、何か揉めているようだが、彼女が乱暴を受けている様子ではない。  通報するべきか。  けれど、ただの知り合いだったとしたら? 「俺達に何か用か」  対応に迷い少し離れた場所に立ち止まると、突然声をかけられ、ましろは手にしたスマホを落としそうになった。 「え、あの……っ」  何も用はないとその場を離れようとしたが、腕を取られ、天王寺の母親の前に引っ張っていかれる。  彼女は連れてこられたましろの姿を見て、目を見開いた。 「あなた……どうして……」 「妙な目つきでこっちを見ていたぞ。知り合いか?」  検めろというように突き出されて、暗い中で目が合い、ましろはこの状況に戸惑いながらも問いかける。 「だ、大丈夫、ですか?」  すると。  唇に刷かれた朱が、弧を描いた。 「彼よ。彼が羽柴大臣の孫の、羽柴ましろ」 「え………っ」  その言葉で、金に困っている彼女がましろを探していた理由にようやく思い至った。  碧井と話していた時にも、可能性を考えなかったわけではない。  ただ、まさかという気持ちがあった。  天王寺の母親である彼女が、息子の友人であるましろを、金を得るための手段としてみているわけはないと。  では、もしかしてたら天王寺は……、  頭の中で色々なことが繋がりかけたのも束の間、後頭部に衝撃を感じ、ましろは意識を失った。

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