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第34話
意識を失わされてこの場所に運ばれ、椅子に拘束されているのだという現状を理解して、自分の迂闊さにましろは項垂れる。
天王寺や碧井の忠告を無駄にしてしまった。
「騒いでも無駄だから、おとなしくしてろよ」
見張りらしき男に脅されなくても、暴れたり騒いだりすることで事態が好転するとは思っていない。
仮に隙をついて拘束を解いたとしても、逃げ切れるとは思えなかった。
己の身体能力の低さはましろ自身が一番よく知っている。
ここはどこなのか、自分は何のために連れてこられたのかを男に訊ねたい気持ちはあったが、逆に余計なことを話してしまいそうなのが怖くて、とりあえず黙って部屋を見回した。
年期の入った応接セットと、スチールのキャビネット。男達がカタギとは思えないが、いかにもな神棚や額装された書などは見当たらず、観葉植物なども置かれていて、一見普通の事務所のように見える。
シンプルな掛け時計の短針は二を少し過ぎたところだ。窓にはアルミのブラインドが下がっていて外の様子はわからないが、あれから十二時間近く気を失っていたというのは考えにくいので、恐らく午前の二時だろう。
この事態への恐れはあまりなかった。
もちろん、まだ何もされていないからというのはあるだろうが、自分の身の安全だけを考えるならば、利用価値があるうちはいきなり殺されたりすることはないだろうし、助けが来るあてもある。
……月華の身内を攫ってしまった彼らの身の安全を保障できないところは少々不安だけれど。
「……経産大臣の孫とかいう奴を捕まえたんすけど、この女これでチャラにしろっつーんですよ」
「おい、本当にそいつが金になるんだろうな」
「ちょっと、乱暴にしないでよ」
ましろが状況の把握に努めていると、乱暴に開いたドアから、見覚えのない男と、先程天王寺の母親と話をしていた黒いスーツの男と、それに引きずられるようにして天王寺の母親が入ってくる。
「羽柴大臣の長男、羽柴清彦の息子は確か二人で、長男は代議士秘書、次男は父親の会社で働いてるとかじゃなかったか。クラブで働いてる三男なんて話、あればスキャンダルになるだろうが聞いたこともねえぞ」
もう十年以上会っていない家族の話に、ましろはびくりと体を強張らせた。
月華の元へと身を寄せた時点で、ましろは羽柴家とは無関係になっている。
義父や母に迷惑をかけないためには、そうでなければいけなかったのだ。
もちろん、それまで義父に伴われて、母と共に社交の場に出ることもあったので、ましろの存在を知っている人たちはいくらもいるだろう。
しかし、もはや公の場でそれを口にするものはいない。
それが月華の背後にいる、日本の裏社会を統べるとも言われる男の力だった。
「本当のことよ。息子の小学生の頃の同級生なんだから、羽柴の屋敷に入っていくところも見たことがあるわ」
限定された社会での常識であるため、天王寺の母親は、そのことを知らないのだろう。
「ってことだそうだが、どうなんだ?本人としては」
「……………………」
「おい、何か言え」
どうやらこの場では最も立場が上らしい、オールバックの男の問いかけに応えずにいると、先程からましろの見張りをしていた男が乱暴に肩を揺すってきた。
「お話しできることはありません」
ましろとしては、こう言うしかない。
下手に知ると、むしろこの男達の身の方が危ないかもしれないからだ。
「お友達のママに売られたってのに随分余裕だな。ゆっても、裏が取れねえんじゃ手形になんねえだろ。どうすんだ?」
「だから、本当のことだって言ってるでしょう。彼は羽柴大臣の孫で、元町の『SHAKE THE FAKE』っていういかがわしいクラブで働いているんだって」
「『SHAKE THE FAKE』……?」
「昔の伝手を使って調べたんだから、本当のことよ。あそこには……」
店の名前を聞いて目を見開いたオールバックが、次にはわなわなと震えだす。
「馬鹿野郎!こいつは金にならねえ!てめえら、なんてもん連れてきてんだ!」
突然の怒声に、ましろと同じく全員が首を竦めた。
「兄貴、知ってるんすか?」
「黒神会の神導の身内に手なんかだしたらどうなるか……。林の組織がどうなったか忘れちまったのか!」
「こ、黒神会の、神導?えっ……クラブって、まさかあの」
「ちょっと、なんなのよ。黒神会?」
『兄貴』の動揺に、ましろも記憶を辿る。
以前店に襲撃してきたチャイニーズマフィアは、組織ごと壊滅させられたと聞いた。
もしかして、彼らは同業者としてそのことを知っているのだろうか?
解放してもらえるかもしれないという希望が湧くが、彼らの話からすると、天王寺の母親はましろで金策をするつもりだったようだ。
ましろが駄目となったら、彼女はどうなってしまうのだろう。
にわかに緊張した室内に、ノックの音が響き、オールバックの男は「なんだ」と乱暴に返事をする。
「お話し中すいません。天王寺の息子の方が到着しました」
ドアが開き、『兄貴』の部下らしき男と共に事務所に入ってきたのは天王寺だった。
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