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第40話

 天王寺千駿の母、天王寺澄子は、かつては意欲と発想力に富んでいて、学生の頃から日用雑貨などの商品のアイデアを企業に送っていたのだという。  アイデアを送った様々な企業のうちの一つに、父、大介の会社も含まれていた。  大介が澄子に目を止めたのをきっかけに二人は公私ともに親しく付き合うようになっていったが、これは今となってみれば、二人にとってあまり良い出会いではなかったと言えるだろう。  大介は、社長をしていた父親が早くに死んだので後を継いだだけの、経営などはど素人の遊び人で、澄子に声をかけたのは、彼女のアイデアに商機を感じたからではなく、その容姿に惚れ込んだからであった。  澄子に気に入られるため、手放しでアイデアを褒めちぎり、それはやがて彼女から向上心を奪った。  それでも、澄子の考えた商品のいくつかはヒットし、一時はかなり資産を増やしたようだ。  人は身の丈に合わない金を持つと、権威が欲しくなるものらしい。  二人が結婚し、一人息子である千駿が生まれる頃には、澄子と大介は熱心にエグゼクティブの集うパーティーなどに顔を出すようになっていた。  澄子にとって、息子はコネクション作りの道具であり、千駿は金で作ったコネで、良家の子女が通う学園の初等部に入学させられた。  恩恵を受けられそうな友達作りをするようにと洗脳のように何度も言い聞かされ、最初のうちは千駿も、親に吹き込まれるまま、生まれながらにして多くを持つ人間は敵だと考えていた。  それがただの思い込みだと気付いたのは、ましろと出会ったからだ。  ましろは、別のクラスでも噂話にあがるくらい有名だった。  誰もが思っていたはずの、容姿の美しさが話題になったことはない。  大抵は、『家はすごいのに、トロくて全然駄目な奴』という悪口だ。  実際ましろははきはきとした受け答えはできなかったし、座学はともかく実技の失敗が多かったので、千駿は歯牙にもかけていなかった。  その頃の千駿は、自分の(親の)役に立つかどうか、敵になるかどうかという尺度でしか他人を図っていなかった。大切なのは、誰よりも優秀であることと、他人を出し抜くこと。  今思えば、とても嫌な子供だ。親にそう教育されていたのだから仕方がないが。  ましろへの評価が覆されたのは、学年が上がり同じクラスになった年の夏休みに出された宿題だ。  植物を育てて成長日記をつけるという定番の課題で、誰が一番、と評価する課題ではなかったが、ましろが休み明けに持ってきた鉢は、一夏を越えても尚、綺麗に花を咲かせ、のびのびと育っていて、明らかに千駿のものよりも美しかった。  自分に自信のあった千駿は悔しくて、それからましろを注意深く見るようになった。  授業では当てられてもまごついて答えられず、そのことで同級生からバカにされたりしているが、テストは大抵満点だ。  動作がゆっくりなのは、丁寧だからでもあった。  あの頃同級生が殊更ましろに絡んでいたのは、本当はましろのせいではない。  己に大した力もない子供の社会では、親の力が自分の力とイコールになる。  羽柴の名前は、子供たちでも知っているくらい有名で、それにコンプレックスを抱くものが多かったから、ましろは攻撃の対象にされていただけだ。  ましろは揶揄われて悲しそうな顔を見せても、親のことを振りかざすことはせず、ただ黙っている。  それもまた、相手の苛つきを煽ったかもしれない。  千駿は、そんなましろに興味を持った。  仲間外れにされているましろを助けようと思ったわけではなく、ただ、彼自身のことをもっと知りたくて話しかけ、二人はすぐに仲良くなった。  ましろはその名前の通り純真無垢、世界中の綺麗なものだけを集めて作られたかのような存在で、そばにいると、何故か世界が綺麗に見えた。 『ちーさま』  千駿が助けてくれたと思い込んでいるましろの、きらきらとした信頼の眼差しが眩しくて。  初めて友達ができたことが嬉しくて、ましろのことを親に話した千駿は、まだ幼く、自分が友達だと思う相手は、親が利用する相手とは別なのだと、そう勝手に分けて考えていた。

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