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第43話

「お前が『ハク』……か。なるほど、美しいな」  案内したシートに並んで座ると、李にまじまじと見つめられ、ましろは困って目を伏せた。 「あ……ありがとうございます。……その、そんなに見つめられてしまいますと、恥ずかしいです」 「失礼。少々不躾だったな」 「いいえ……!褒めていただけるのは、とても嬉しいのですが……」  今日はあまりお肌のコンディションが良くないので………とは言えずに笑顔で誤魔化す。  名前からすると日本人ではないようだが、李の日本語は完璧だ。  恐らく月華の裏の方の仕事の関係者だとは思うが、洗練された物腰は優雅で、育ちの良さすら感じさせる。 「お飲み物は如何なさいますか?」 「……こちらでは、何か食べるものは?」」 「申し訳ございません。当店では食事の提供はしておらず……」  本店『SILENT BLUE』の方では、厨房があり、そこに立っているのは今すぐにホテルの高級料理店で腕を振るえる料理人なのだが、『SHAKE THE FAKE』では、海河の『この内装で色んな食い物の匂いがしてるの微妙じゃね?』の一言で食事の提供はしないことになった。  だから、カウンターの向こうに立っているのは、料理人ではなくバーテンダーだ。  飲み物より先に食べるものがあるかと尋ねるなんて、李は空腹だったのだろうか。  申し訳ない気持ちで再度謝るのを、大丈夫だと遮られる。 「ならば、温かい飲み物をいただこうか。お前はどれが好きだ?」  差し出したメニューの中、ソフトドリンクを指して聞かれたので、「紅茶がお嫌いではなければ、ロイヤルミルクティーが美味しいですよ」と勧めると、李はすぐにボーイを呼び止め、ロイヤルミルクティーを二つ、とオーダーを入れた。  飲み物を待つ間は、手持ち無沙汰になりやすいので、聞き手に回ることが多いましろも客を退屈させないように色々と話しかけることにしている。  「李様は、本店の『SILENT BLUE』に行かれたことがあるのですか?」 「いいや。何故そう思う?」 「食べるものを、と仰ったので……。本店の方ではお食事も楽しんでいただけますから」 「そうか。お前がそちらの店に行くことはあるのか?」 「そう……ですね。ごく稀に、人手が足りないとお手伝いに行くことはあります」 「では、その時には教えてくれ。お前と共に食事を楽しみたい」 「あ……ありがとうございます」  理由はわからないが、李は随分と『ハク』のことを気に入ってくれているようだ。  是非営業の連絡をくれと言われて、連絡先を交換しようとしたが、端末がないことを思い出して青くなる。  店以外の場所での営業は基本的に禁止とされているが、客との出会いを自分のコネクションにすることは禁じられていない。  連絡先の交換はどのキャストもしているので、ましろも望まれれば教える。  この流れ、このタイミングで「でも今は持っていないから……」と言ったら拒絶のように聞こえてしまわないだろうか。  しかし、ないものはないので素直にそういうしかないだろう。 「あの、今日は……」 「ああ、これがないと、連絡先の交換もできないな」 「え……」  覚悟を決めて「今、なくしてしまって持っていないのです」と言おうとしたところへ、李が懐からとりだして差し出したのは、ましろの端末だ。  ましろは信じられない思いで目をぱちぱちと瞬く。 「ど、どうしてそれを……?」 「昨晩、どうやら組織の末端のものがそれと知らず迷惑をかけたらしいな。申し訳なかった」  なんと、李は坂本の上司だったのか。  末端、だそうなので、上司といっても相当上の方かもしれないが。  攫ってしまったのが月華の店の人間だということで、事態を重く見たのかもしれない。 「今はミスター神導と事を構える気はないので、穏便に済ませてくれるとありがたい。正式な謝罪が必要なら……」  真摯に頭を下げられて慌てて首を振る。 「い、いえ、大丈夫です。私自身に何かあったわけでもありませんし。……では、李様はこれを返しに来てくださったのですか……?」 「それもあるが、横浜の至宝などと噂される麗人には以前から興味があったから、口実にして行けるなと」 「そ……そんな風に言われているのは、初めて知りましたが……」  悪戯っぽく言われて、そんな心遣いが嬉しかった。  この件だけで言えば、彼らも被害者寄りの立場だと思うのに。 「見つからず、困っていたところでした。李様、本当にありがとうございます」  ましろは端末を胸に抱き締め、心からのお礼を言った。

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