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第52話
『一人で帰る場合は必ず連絡をするように』と念を押す竹芝に、礼を言って車を降りた。
去っていく車を見送り、二度目の訪問となった天王寺のオフィスの入るビルを改めて見上げる。
都心で駅から近く立地がいい場所だが、平日の昼間ということもあってか、周囲は人でごった返したりしていない。
だからといって高層ビルが立ち並ぶオフィス街のようなよそよそしさはなく、静かすぎず騒がしすぎない、天王寺らしい場所だなと密かに思う。
子供の頃、天王寺は他の子供たちと一緒になって騒ぐようなことはなくても、決して彼らを拒絶するような態度ではなかった。
一歩引いたところから見守っているようなところが、歳は同じなのに、大人みたいだと憧れていた。
「(でも、それは彼が少年らしい子供時代を送れなかったということでもあるのですよね……)」
未だ両親とのトラブルを抱える彼の力になりたい。
想いとは裏腹に、ましろが力になれたことといえば植物を預かったことくらいかと少々落ち込みながらエレベーターのボタンを押し、植物といえば先日天王寺の部屋を訪れた折、以前買った猫草を持って行くのを忘れてしまったことを思い出した。
また次の機会に持っていこう。
テーブルヤシの新しい葉も、ゆっくりだが育ってきている。春になればぐんと伸びるだろう。
春の花も、天王寺と一緒に見に行けるだろうか?
目的の階に降りると、以前来た時にはよく見る余裕はなかったが、フロアにはいくつか同じような事務所が入っていることがわかる。
そう広いビルではないので、すぐに『Kukuli』のネームプレートを発見できた。
壁面に呼び鈴のようなものは見当たらず、ドアをノックをすると「はい」と高い声がして、開いたそこからひょこっと顔を出した女性が、驚いたように目を見張った。
「あっ……もしかして、天王寺さんの……?」
ましろが何かを言う前に彼女は「どうぞ」と中へましろを促し、「天王寺さん、お客様がお見えになりました〜」と奥に向かって呼びかける。
所在なく佇んでいると、すぐにスーツの天王寺が姿を現した。
「ましろ。早かったな」
「お仕事中にお邪魔してしまって申し訳ありません。ご無理をさせてしまいませんでしたか?」
今は大丈夫だという返答にホッとしながら、手にしていた紙袋を差し出す。
「こちら、よろしければみなさんで召し上がってください」
「いけない、すぐお茶をお持ちしますね」
ハッとしたように、迎えてくれた女性が踵を返し、ましろは応接用のソファセットへと座るように促されて、天王寺と向かい合わせで座った。
会う前はこれを話そう、あれを話そうなどと色々考えていたのに、いざ本人を目の前にすると、何を話していいかわからなくなってしまい、微妙な間ができてしまう。
何を話そうか悩んでいると、すぐに彼女がお茶を持って入ってきた。
天王寺の指示だろう、ましろの持ってきた菓子が添えてある。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「い……いえ……っ」
お礼を言いながらにっこり笑いかけると、何故か顔を赤くしてしどろもどろになっている。
不思議に思っていると、天王寺が咳払いをして口を開いた。
「ましろ、彼女は面倒な事務方用に雇っているスタッフだ。名前は塚本」
「そうだったのですね。私は羽柴ましろと申します」
「あ、つ、つつ塚本と申します」
「お前……さっきから何を動揺してる」
「ええ~、だってこんな綺麗な人、見慣れないから緊張しちゃいますよ……!まあ天王寺さんもかっこいいですけど」
「雇い主をついでのように言うな」
「あはは」
天王寺と塚本の軽いやりとりに、ましろは内心とても驚いていた。
ましろといる時の天王寺は、いつも難しそうな顔をして、口数も少ないので、会社でも厳しい上司なのかと思っていたのに。
天王寺にとって彼のオフィスがリラックスできる場所であることは喜ぶべきことのはずなのに、楽しそうに話す二人を微笑ましくも守りながらも、何故か胸が塞ぐような感じがする。
そこで口にした月華にもらった美味しいはずの菓子は、とても味気ないもののように感じられた。
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