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第53話

 出された茶を飲み終えると、仕事の邪魔をしてはいけないからと早々に切り上げた。  気を遣ったわけではない。あの場にいるのが辛かったからだ。  念を押されていたものの、竹芝に連絡をする気にはなれず、一人電車で帰った。  方向音痴の自分が東京から迷わずに帰れたのは快挙だが、それを喜ぶ余裕はない。  天王寺の力になりたい、なんて、自分は何か大きな思い違いをしていたのではないだろうか。   塚本と話す天王寺は砕けた態度で、ましろと二人きりの時とは随分と様子が違っていた。  毎日会社で会うのだから一緒にいる時間は必然的に長くなるはずで、その二人がましろよりも親密なのは……当然のことだろう。  ましろはそんなことも想像できず、いつも険しい表情の天王寺が時折笑ってくれるだけで、自分が特別な存在になったような気持ちになっていた。  塚本は小柄で少しふっくらとして、話し方もおっとりとしていて、一緒にいるとほっとしそうな女性だ。  思い浮かべた彼女の印象は、ましろ自身についてよく人から言われることと被っていて、もしかして天王寺は彼女を特別に想っているから、似た雰囲気のましろにも優しくしてくれるのかもしれないと思う。  体は求めてもらえても、好きだと言われたわけではない。  幼い天王寺がましろを遠ざけようとしたことにしても、嫌われたからではなかったということに安堵したが、それは『嫌いだったからではない』という、ただそれだけのことで、『好き』とイコールではないのだ。  天王寺が好きだったのが塚本だとしても、ましろは天王寺が好きで、力になりたいという気持ちは変わらない。  けれど……ましろの力など必要ないのではないかという場面を見てしまい、側にいたいと思うことが正しいことなのか、わからなくなってしまった。  帰ってからも一人部屋で鬱々と悩んでいたが、ふと見た窓の外が真っ暗で、開店の時間が迫っていることに気付き慌てて出勤した。  いつもの店長の短い号令とともに開店すると、すぐに指名が入り、ギリギリの時間に出勤したましろは、なんとか気持ちを切り替えながら客の待つシートへと向かう。 「李様、こんばんは。今夜もご指名をいただき、ありがとうございます」 「ハク、今宵も美しいな」  声をかけると、立ち上がった美丈夫に芝居がかった動作で一礼されて、クスリと微笑みが溢れる。  本日一人目の客は、先日ましろのためにロイヤルミルクティーをオーダーしてくれた李だった。  李が他のキャストを指名してもさして気にならないとは思うが、リピートしてもらえることは、やはり嬉しい。  飲み物のオーダーを済ますと、じっと顔を見つめられて、遅刻しそうになって慌てて部屋を出てきた自覚があるので、どこかおかしいだろうかと内心焦る。  今日はやけに色々な人に見つめられる日だ。 「あの……」 「ふむ……、少し元気がないか?何か悩んでいるように見えるな」 「も、申し訳ありません。そのようなことは」  李は、とても鋭い。  いや、ましろが表情を隠せなさすぎるのだろうか?  これまで、仕事中は、どちらかというと「いつもニコニコしていて読めない」なんて評されることの方が多かったのだが。 「憂い顔も悪くはないが、話せば楽になるようなことなら話してみるか?」  本当になんでもないと言えば、それ以上は追求されないだろう。  だが、心が揺れた。  李は家族でも友達でもない。客とキャストとして、今この時だけのこととして聞いてくれるはずだ。  客に悩み相談をするというのは、立場が逆なのではないかとも思うが、話題の一つだと思えばそれほどおかしくもないのではないか。  オーダーした飲み物をボーイが運んできた。  前回は李がましろに合わせてくれたので、今回は一杯目だけ同じもので乾杯する。  軽く口をつけ、ましろはどう話そうかと言葉を選びながら、おずおずと悩みを切り出した。

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