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第55話
李との約束の日。
誘われた『気軽なパーティー』とは、李が個人的に所有している客船でのディナーで、ましろは現在船上にあった。
個人所有の、とは言っても、総トン数三百トン超、定員二百名規模の、レストラン船などに使われているような大きなものである。
この会がわざわざ海上で催されるのは、李との繋がりを外部に知られたくない参加者が多いためだろう。
李が何者か、誰かに聞いたわけではないが、月華の関係者であり、債務超過者の債権を引き取る金融事務所を末端に持つということは、十中八九ダークサイドの人間だと想像はつく。
そのせいか、紹介されて軽く話した参加者たちは、『SHAKE THE FAKE』の客層と近く、応対に困ると言うようなことはなかった。…喜ぶことでもないような気はするが。
それぞれ目的があってこの場に参加している者ばかりのようで、会食が始まる前のサロンでは、コネクション作りが盛んに行われている。
ましろは李が他の参加者と話している間、少し時間を持て余し、キラキラと輝く海の向こうに沈んでいく美しい夕日を見つめるふりで、そっとため息をついた。
「(ちー様……)」
船に乗る機会というのはこれまであまりなかったため、洋上の光景は新鮮だし、とても綺麗だ。
だが、どうしても天王寺のことを考えてしまい、今の時間を無心で楽しむことができずにいた。
昨晩、天王寺から『明日、時間があればうちに来ないか?』と電話がかかってきた。
それは、本当ならばとても嬉しい誘いであった。
けれど、今は「どうして自分を」と思ってしまう。
もやもやと複雑な感情が心をかき乱し、ましろは端末を握る手に力を込めた。
「あ……明日は、約束があって。……申し訳ありません」
数日前までなら、約束を入れてしまっていたことを後悔していただろう。
天王寺と会わずに済む口実があってよかったなんて、思いたくなかった。
『……もしかして、昨日の』
「え?」
『いや』
ボソリと呟かれた言葉がよく聞こえずに聞き返したが、天王寺はなんでもないと流し、少し待ってみても、それ以上は何も言わない。
気まずい沈黙が流れ、ましろは何かを言わなくてはと震える唇を開いた。
「つ……塚本さんを誘われるのはどうですか?」
『何故、彼女を……?』
「え……あの……」
電話越しにも伝わる、怪訝な、そして突然硬くなった声に、口ごもる。
何を話していいかわからず、すぐに機嫌を損ねてしまっていた、再会したばかりの頃に戻ってしまったようだ。
わざわざ誘ってくれたのだから、ましろを嫌ってはいないのだろうが、天王寺はこんな自分と一緒にいて楽しいのだろうか?
彼女といる方が、ずっと楽しいに違いない。
……本当にそう思ったから、提案したのに。
ましろが黙ってしまうと、天王寺も『予定があるのならばいい。邪魔をしたな』とそっけなく通話を終えた。
気分を害してしまったのはわかったが、謝るのも何か違うような気がして、それきり何も連絡はしていない。
結局、自分自身はどうしたいのだろうと何度も考えた。
答えは出ないまま李との約束の時間になり、迎にきた車に乗って現在は波に揺られている。
「退屈させてしまったな」
ハク、と呼ばれ振り返ると、話を終えたのか李が立っている。
聡い人なので、浮かない顔に気付かれてしまったかもしれない。
参加者にはラフな格好をしている者も多いが、李はいつも店に来る時と同じようにスーツを着ていた。
ましろはカジュアルな服装というのはあまり持っていないため、細身のロングジャケットのスーツに、ネクタイだけは明るい色の、遊び心のあるものを合わせている。
カジュアルな格好の人たちの中にいると、二人が衣装を合わせてきたように見えてしまうのか、「お似合いですね」と意味深に笑いかけてくるものもいた。
この場では李のアクセサリーである方が、無用なトラブルに巻き込まれずに済むだろうと、当たり障りなくにこにこできるくらいのことははましろにもできる。
李の気遣いに、ましろはやんわりと首を振った。
「今まで船に乗る機会があまりなかったので、海を眺めているだけで楽しいです」
「ミスター神導は船遊びは好まないか」
「どうでしょうか……。あまり誘われたことはないですね」
「疲れてはいないか?こちらで少し座るといい」
やはり、先程の溜息に気付かれていたようだ。
ついてくるよう促され、微かに苦笑したましろはその後に続いた。
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