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第67話
「私は……」
「待て。いつからだ…………?」
これ以上迷惑をかけることはしない、もう自分のことは考えなくていい……と言いかけた時。
呆然とした呟きにただならぬものを感じ、言葉を止めた。
「あの……何が、ですか?」
「……はっきり言わなかったからか?そんなに俺が悪いのか」
「ち、ちー様…?」
しかし、天王寺はましろの問いかけには応えず、独り言のように意味のわからないことをぶつぶつ言っている。
一体どうしたのだろう。
眉間を寄せた横顔は、不機嫌というよりも困惑している風で、どう対応すればいいのかとおろおろしていると、ちらと鋭い視線が向けられた。
「ましろ……、お前『SHAKE THE FAKE』では店外での営業はしないと言っていたな」
「は、はい。ちー様も、月華から聞いたと仰ってましたよね……?」
「なら何で俺がお前を抱いたと思った?」
「えっ……、それ、は……」
確かに、塚本が天王寺にとって大切な人で、ましろはその身代わり…という説を除外すると、自分の推測は辻褄が合わなくなる。
口ごもったましろに、天王寺は重いため息をついた。
「まさかそんなところを……。確かに俺も両親のことに巻き込みたくないから離れた方がいいかもしれないとは思っていたが、だからって」
「も、申し訳ありません……?」
何が何だかよくわからないけれど、また自分は何か勘違いをして、彼を不快にさせてしまったのだろうか。
「好きだからに決まってるだろ」
「………………え………………?」
申し訳なくてしゅんと俯いたとき、横からボソッと聞こえてきた言葉の意味がわからず、聞き返した。
「あの……好き?……とは、どなたのことを……ですか?」
「俺が、……お前を」
「え」
この流れで他にないだろ、と低い声で凄まれたが、聞こえていても理解ができず、ただぽかんとした顔で天王寺を見つめてしまう。
しばし暗い車内に気まずい沈黙が流れた。
「………………普通、好きでもない奴をわざわざ抱いたりするか?」
ましろはそんな風に思ったことはないのでよくわからないが、相手のことが好きではなくても性行為をすることがある、というのは知っている。
「ちー様は、優しい方なので……慕う私に気を遣って」
「何を以て俺が優しいと思っているのかはよくわからないが、俺がお前に優しくしたいと思うのは、お前が好きだからだ。順序が逆だ」
「で……でも、じゃあ、どうしていつも私と話す時は……」
いつも口数も少なく、楽しそうとは言い難い表情のことも多い。
好きな人と話していたら、楽しいものではないだろうか?
ましろだって、ただの一度も『こんなことをするくらいだから、もしかしたら天王寺も自分を……』と考えなかったわけではない。
だが、その希望を打ち砕いてきたのは他ならぬ天王寺自身の態度だ。
「それは、………………………………………」
どうしても確認しておかなくてはならないところだったけれど、天王寺が苦虫を噛み潰したような顔で押し黙ってしまったので、聞いたことを少しだけ後悔した。
先ほども同じように黙ってしまったことを思うと、やはり、ましろを好きだというのは、気を遣って言ってくれているのだという結論に達してしまう。
万が一、恋愛ではない感情だとしてもましろを手離しがたく思ってくれているのならば、それでもいいからそばにいて欲しいと願ってしまいそうだ。
だが……、それで結局天王寺が不快になったり、苛ついたりする場合は、互いに望んでいても一緒にいない方がいい。
「ちー様……」
「俺は……、お前の周りの奴らみたいに器用じゃない」
「……え?そ、そんなこと」
「ただでさえ、お前への想いは二十年近く拗らせてるんだ。一緒にいても楽しませてやれてない自分に腹が立つし、しかも、お前は、……天使みたいだったあの頃より更に綺麗になってて、顔を見ると、言葉がでなくなる」
「、…………………………………………」
思いもよらない言葉の数々に、またもやぽかんと天王寺の横顔を凝視してしまう。
赤信号で車が止まり、驚きに固まるましろを見た天王寺の眉がくっと寄った。
「いい加減察しろ。彼女が特別なんじゃなくて、ましろ、お前が特別すぎるんだ」
「な……、んっ……、」
言い切ると同時に伸びてきた手に、項を引き寄せられる。
ほんの一瞬、唇が、重なった。
「……ぁ」
「っ………もういいだろ。一人で帰る理由はなくなったな」
「………は、…………………はぃ………………」
吐息のかかる距離で念を押され、まだ混乱しているましろは断ることも思い付かず、頷く。
信号が変わり、解放されると、自分の身に起こったことがにわかに信じられず、隣を盗み見た。
車内が暗く分かりづらいが、天王寺の顔が赤いような気がする。
「(……じゃあ、本当に……?)」
じわじわと、どうやら天王寺も自分のことを好きでいてくれたらしいという実感が湧くにつれ、どうしたらいいかわからなくなり、ましろは目的地に着くまで、ただ黙ってもじもじと座っていた。
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