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第66話

 自然の多い場所を走ったのはそう長い時間ではなく、すぐに窓から見える景色には高い建造物が増え、慣れ親しんだ都心の様子が戻った。  雪はまだ降っていて、外気温が低いせいか、空調が強く入っていても、体は冷え切ったままだ。 「ここからだとうちの方が近いから、ひとまず今日はこっちで休んでいけ」  ハンドルを握る天王寺の言葉に反射的に頷きかけて、それでは駄目だと首を振る。  彼が助けにきてくれたのは、本当に嬉しかった。  例えそれが、この件については両親がやったことだからという、二人の家族としての責任感と、いつまでも頼りないましろへの厚意だったとしても。  ただ、優しくされると、浅はかな自分は、そこに特別な感情があるのではないかと期待をしてしまう。  先ほども、怒ってくれて嬉しかった、などと思う資格は自分にはないのに喜んでしまった。  再会してから今まで、幼い頃のような良好な関係に戻りたくて、会いたい、一緒にいてほしいと望んできたけれど、それは彼の負担になるばかりだったではないか。  ましろが彼のそばをうろついていなければ、天王寺の両親もこんなことを考えなかったかもしれない。  彼には彼の人生があるのだ。  これ以上、ただの幼馴染であるましろのために、時間や体力を浪費させてはいけない。 「私は……途中で下ろしていただけたら、タクシーで帰ります」  ましろが素直に頷くと思っていたのだろう。天王寺は驚いたように目を瞠った。 「お前が俺を信用できない気持ちはわかるが……、だったら家まで送る」 「ち、違います、信用できないとか、そういうことではありません。……私には、そのようなご厚意を、受ける理由がないのです」 「……どういうことだ?」  視線を外し流れる景色を見ていても、天王寺が訝しむ気配が伝わってくる。  ましろは、どうすればうまく伝わるかと言葉を探した。 「ちー様が、優しくて、面倒見がいいことはよく知っています。ですが、私も少しは成長したので、それほど気を遣っていただかなくても大丈夫ですから」 「さっきも、そんなことを言っていたな。だが、俺は」 「これからは、私以外の……できれば、本当に大切に想う方の……力になってあげてください」 「……大切に……想う方?」 「私はもう……十分にしていただきましたから」  遠慮などしなくていいという彼の優しさが、今の自分には辛い。  遠慮ではない。優しくされても天王寺の心が自分の方を向いていないのが悲しい……という自分勝手な気持ちだから。 「つまり……自分はこれ以上付き合いきれないから、誰か他の奴を探せと、そういうことか……?」  トーンの下がった声に慌てて首を振った。  どうしていつも、ましろの言いたいことはうまく伝わらないのだろう。 「ち、違います……!」 「そうとしか聞こえなかったが」 「そんな、だって、そもそもちー様には塚本さんがいるではないですか」 「……塚本……?」 「え……?」  心底疑問を感じているような声音に、ましろは思わず天王寺を見た。  なんだか、やけに会話が噛み合わない。 「…………………そういえば、先日も彼女を誘ったらとか妙なことを言っていたな。何でそうなった……?」  何でと言われても、そうとしか見えなかったからなのだが。  だが、ハンドルを握る天王寺の横顔は真面目そのもので、誤魔化そうとしているとか、からかっているようには見えない。……そもそもそういう人柄でもないが。 「その……以前会社にお邪魔した際、塚本さんとはとても砕けた様子でお話しされてました……。わ、……私と話す時は、いつも厳しい顔をされているので、彼女が特別な方なのかと……」  言っていて、改めて己に突きつけた現実に、とても悲しい気持ちになる。 「それは………、」  しかも、天王寺は何かを言いかけて黙ってしまった。  否定しないことが彼の答えなのだと……、わかっていたことでも落胆する。  もしかしたら、塚本が特別なのではなく、ましろを嫌いなだけかもしれない。  だとしたら、ますます彼のそばにいてはいけないだろう。  天王寺がましろといるときにあまり楽しくなさそうなのは、全部至らない自分が悪いのだとわかっている。  好きな人を不快にさせるばかりの己のことが情けなく、いい歳をして泣いてしまいそうになるが、感情的になっては彼を困らせるばかりだ。  きちんと言わなくてはと、ましろは悲壮な覚悟を決めた。

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