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第65話
ましろの体が冷えきっているせいもあるが、天王寺の手が、とても熱く感じる。
天王寺が、助けにきてくれた。
嬉しく思う反面、別れ際に理不尽な怒りをぶつけてしまったことや、衝動的に澄子にあんなことを言ってしまったましろに対し、彼が怒っている可能性は十分にあり、その上重ねて迷惑をかけてしまっている自分が疎ましい。
澄子に対しては、間違ったことを言ったとは思っていないけれど、天王寺の望むことがわからず怒らせてばかりいる自分に、彼女のことを非難する資格があっただろうか?
まずは別れ際のことを謝りたい……と言葉を探しているうちに、家を横切り屋外に出た。
途端に冷たい風が頬を打ち、首を竦める。
それほど遠くまで連れてこられた自覚はなかったが、背後の弱々しい玄関灯に薄ぼんやりと照らし出された辺りには、草木が高々と生い茂り、周囲に同じような家灯りや街灯などもなく、随分と人里離れた場所のように見えた。
そして、目の前を花びらのようにはらはらと落ちていくのは。
「雪……」
降り始めたばかりなのか、積もってはいないが、みぞれのような雨混じりのものではなく、本格的な白い結晶だ。
どうりで冷えるはずだと、吐き出した息もまた白い。
「早く車に乗れ」
運転席側に回った天王寺に促されてようやく、普段あまり見ない雪に見惚れてしまっていたことに気づき、慌てて助手席に乗り込んだ。
車の中には、天王寺が乗ってきた際の温かさが残っていて、寒さに自然と詰めてしまっていた息を吐き出す。
「かなり体が冷えているようだから、強めに空調を入れるが、気分が悪いようなら言え」
「ありがとうございます。ここは……どこなのですか?」
「住所の上では、一応都内だ。両親がまだ多少羽振りが良かった頃に買った別荘で、場所が悪すぎて今では売っても二束三文にしかならない上に、取り壊しの費用の方が高くなるから、放置されている」
ましろ自身は詳しくないが、月華の知り合いや客などから話を聞いたところによると、不動産というのは難しいもので、土地や家は何でも持っていれば財産になるというものでもないようだ。
そのやりとりの後言葉は途切れ、短い山道を下り、舗装された車道に出ても、天王寺は黙っている。
ちらと盗み見た横顔は険しく、話しかけていいか迷い、それでもやはり言うことにした。
「あの……。先程は、迎えにきていただいたのに、あんな態度をとってしまって、申し訳ありません。それなのに、こんなところまで助けにきていただいて、……本当にありがとうございます」
怒られる覚悟の謝罪だったが、天王寺は微かに表情を和らげ、「いや」と小さく首を振る。
「お前が謝ることは何もない。お前がこんなところに連れてこられたのも、俺のせいだしな」
「そんな……。ちー様は、どうして私がここにいるとわかったのですか?」
「家に戻ってから、お前が無事帰れたのか気になって連絡したが、連絡がつかなかった。慌てて探しにいこうとしたときに知らないアドレスから地図の画像が送られてきて……、ただあの別荘を示しただけの地図だったが、お前はそこにいると確信した」
ましろの知り合いでそんなことができる人物は限られているが、月華の場合、何か一言添えそうな気がするので、送ったのは、恐らく八重崎ではないだろうか。
夜の繁華街に消えていったが、その後もましろの動向を気にしてくれていたのか。
月華を通さず直接天王寺に連絡してくれたのは、大事にしたくなかったましろの気持ちを汲んでくれたのか……八重崎のことだから、こうすることで、彼にとって何かいいことがあるのかも知れない。
「母が諦めていない可能性は考えていたのに、結局お前をこんな目に遭わせてしまって……すまなかった」
「そんなこと……、」
悪いのは天王寺の両親とあの男で、あとはましろが軽率だっただけだ。
天王寺は、そんなましろを助けにきてくれた。
「私は大丈夫です。ちー様が早く来てくださったので、その……無事、でしたし……」
寒い思いや、少し怖い思いはしたが、具体的に何があったわけでもない。
むしろ、澄子と大介に協力したせいで、ただ一人天王寺から意識を失うほどの一撃を食らったあの男の方が、酷い目に遭っているような気もする。
合法とはいえなさそうな薬も持っていたようだし、これに懲りて心を入れ替えてくれないだろうか、などと考えていると、運転席から怒りのオーラを感じ、ぱっとそちらを見た。
「さっき……お前の腕を掴んでいたあの男は、誰だ?」
「あ……私は存じ上げない方でした。特に自己紹介などもされませんでしたし。ちー様も、知らない方なのですか?」
「今まで会ったことはないな。頭に血が上ってうっかり話も聞かずに殴ってしまったが、何者かくらいは聞いておくべきだったか……」
独り言のようにぶつぶつ言う天王寺の目は、かなり物騒な感じに据わっている。
うっかり殴ってしまったなんて、彼にもそんなことがあるのだろうか。
あの男は気の毒だったが、天王寺がそれほど憤ってくれたのかと思うと、冷えきった体に温かさが戻るような心地がした。
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