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第73話

 城咲が用意したのは、ましろの好物のロイヤルミルクティーで、重症だなと内心苦笑する。  あらかた目を通したらしい征一郎は、タブレットを置くとカップに口をつけ、仕事の話を続けた。 「……そいつ、大手新聞社に勤めてたのに、お前の関係者に手ぇ出してんのか?」 「ほんの一瞬で退職してるから、黒神会に関連することがいかにタブーかを教わる機会なんかなかったんじゃない。でもそこで無駄に情報を金にする方法は知っちゃった的な?」  天王寺夫妻を唆し、ましろを拐った男は、小さな事件をわざと誤解を招くような大仰な書き方にしてネットニュースに載せてみたり、捏造したスキャンダルをタレ込んでみたり、真のジャーナリズムとは程遠い下世話な方法で日銭を稼いでいたようだ。  どこかでましろの存在を知り、ちょうど利用しやすそうなポジションにいた夫妻に近付いたのだろう。  自分と関わりのないところでならば、どんな生き方をしていようとどうでもいいが、月華の大切なものに手を出してしまったからには、きっちりとその報いを受けてもらわなければなるまい。 「今、主犯の男をサイコロステーキにして共犯の夫妻に食べさせるか、あらゆる個人情報をネットに流出させた上で黒歴史の全てを本人に読み上げさせた動画を公開するか、つまり肉体的な死か社会的な死かで悩んでて」 「よし。お前はこの件にこれ以上関わらなくていいから、処分は俺に任せとけ」  やりすぎだという征一郎に、月華は一応冗談と肩を竦めた。 「これで暴力の一つもふるってたら実行してたんだけど、ほぼ実害ない状態でそれは流石に残酷かなって」 「そりゃ……こいつも命拾いしたな」 「そういうわけだから、もう二度とおイタしないように脅しといてくれる?もちろん、力加減を間違えてくれてもいいよ」 「おい、殺意が漏れてんぞ」  ましろにばれる心配がなければ、人一人くらい消しちゃっても別にいいんだけどね。 「強面が追い込んで、征一郎が慈悲を見せる感じの茶番にしておけば、恩義に感じて訴えたりとかもしないでしょ。あと二人の夫婦は、主に男の方を脅しておいて。男の方が小心者で、女性の方は比較的男の意見を受け入れるみたいだから」 「それくらいでいいなら、この後適当に行って片付けてくる」 「夜陰に紛れなくていいの?」 「今日はなるべく早く帰って、雪を見に連れ出す約束してんだよ」  征一郎は、ちらりと窓の外へ目をやった。  確かに、昨日の夜から東京にしては珍しく雪が降っている。  なるほど、あの少年が雪を見てはしゃぐ様はとても可愛いだろう。そんな折に仕事を入れてしまって彼に対しては悪かったと思うが、自分が辛い時に征一郎が可愛いものを愛でて浮かれているのは許せない。 「雪が見たいなら、こんな都会の雪じゃなくて、雪山にスキーとか温泉に連れて行ってあげればいいのに。っていうか、傷心の僕の前でのろけ禁止!」 「つーかあのなまっちろいのが誰かとくっついてなんでお前が傷心になるんだよ。どっちかっつーとめでたいことだろうが」 「わからないの?ずっと僕の手の中にいたましろが、誰かのものになっちゃったんだから寂しいに決まってるでしょ。しかもその相手の顔は僕のストライクゾーンど真ん中なんだよ!?どうして僕の好みの人は僕を好きにならないの!?」 「お前にゃ土岐川がいんだろーが!」 「綺麗なものや可愛いのもは全て僕のものであるべきなんだよ。あーもー五月蝿いな。話も終わったし、征一郎早く行ってきて」 「ったく……相変わらず思うがままが人生だな、お前は」  文句は言うが、早く仕事を済ませることに異論はないのだろう。  済んだら連絡する、と片手を上げて、征一郎はさっさと部屋を出て行った。 「お前……八つ当たりも甚しかったな」  ティーカップを下げにきた城咲が呆れたような顔で嗜めるので、月華はふんと鼻で嗤った。 「一こそ、小舅みたいに天王寺千駿に嫌がらせしたりしないでよね」 「するか!別に俺はちょっと寂しいだけで、ジェラシーとかじゃ決してないからな」 「なんかもうそんな強がりが痛い……」 「強がりとかじゃない。奴にはましろの好きな料理と体調管理について俺のもてる情報の全てを伝授してやろうと思っているくらいだ」 「イビる気満々じゃん。それ合宿とかしないとダメな情報量でしょ。レシピ渡すくらいにしておいた方がいいと思うけど?ましろに怒られるよ」  そうなのか?という本気で何もわかっていない表情に、これだから……と特大のため息が出た。  まあ、自分達が一番でなくなってしまうのは寂しいけれど、ましろと今まで過ごした時間や、築いてきた絆がなくなるわけではない。  月華も城咲も、ましろが幸せでいてくれることが一番嬉しいと言う気持ちは本物だ。 「うん、とりあえずやれることはやったし、この後は少しゆっくりして傷心を癒そうかな。一、なんか美味しいお菓子持ってきて」 「お前は朝食も摂ってないだろ。パンとか野菜とか食えよ」 「んー、ペストリーなら少し食べてあげてもいいよ」 「パイは菓子みたいなもんだろ」  それは三時のおやつまでに作っといてやるからメシらしいものを食え、と勝手に決めてキッチンに戻っていく背中をやれやれと見送りながら、月華は再びカウチソファに横になる。  軽く目を閉じ、木凪からの報告によると『数多の試練を乗り越え今夜は互いを求める心のままにお楽しみ』な二人が、穏やかな朝を迎えているようにとそっと願うのだった。

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