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第76話
開店直前の『SHAKE THE FAKE』にて、店長の海河が「急遽、十二月二十四日から正月明けまで休みにすることにした」と言い出し、スタッフは概ね降って湧いた連休に喜んだが、ましろの隣にいた碧井だけは、何故か絶望した表情で肩を落とした。
「そんな……恋人たちのイベント満載の時期に長期のお休みとか……嘘でしょ……?」
対照的に、ものすごくご機嫌な海河がその肩にポンと手を置く。
「クリスマスに関して言えば、一番の稼ぎ頭が休むっつってんだからその方がいいだろ。お前は一晩中「ハクは本日お休みをいただいておりまして……」って言い続けたいのか?」
「それはしんどいけど……っでも……っ」
事の発端は、ましろ自身が願い出たクリスマスイブの休暇だった。
学生時代、月華たちと暮らしていた頃はみんなでパーティーをしていたが、働き始めてからは、店が休みでない限りは出勤していたし、店をあげてそれらしいイベントをやるでもなく、ましろにとってクリスマスはそれほど特別な日という認識ではない。
だが、天王寺にクリスマスの予定を聞かれた時、……彼の方もまた、それほど期待していたようではなかったが(どちらかというとましろを気遣って聞いてくれたのかもしれない)、やはり一緒に過ごしたいと思い、イブは休みを取ると約束した。
もちろん、休むのは二十四日だけのつもりだった。だが、ましろがそれを打診すると、海河は「あーましろがいないんじゃもう、休むしかねえな。つかいっそ年始まで休みでも良くね?」と言い出して、今、碧井を絶望させるに至っている。
「数々のイベントを前に、友人とのパーティーという選択肢も断たれ、あまつさえ仕事という言い訳すら与えてもらえないなんて……」
「み、ミドリ……、申し訳ありません。あの、よかったら、私達と一緒にパーティーしますか……?」
とても苦悩している碧井に徐々に申し訳なさが募って、思わず謝っていた。
天王寺と過ごす時間はもちろん大切だが、碧井も大事だ。
近いうちに天王寺に大切な友人として紹介したいと思っていたし、ちょうどいい機会かもしれない。
……と、思ったのに、碧井はぶんぶんと首を横に振る。
「そこに挟まるのは一人のメリークリスマスより試練だから。……ごめんハク、水を差すような態度を取っちゃって。俺は大丈夫だよ」
いつもの冗談だよと微笑う表情は、しかし切なさが殺し切れていない。
ただ……少し気掛かりではあるものの、碧井はましろよりもずっと大人で、強い人だ。こう言っているのにあまり心配するのも、失礼かもしれない。
ましろが自分を納得させている間にも、そろそろ開店時間になりそうだが、海河と碧井はまだ何やら話し込んでいる。
「うっ……イブの日まで善行を積んで、夜早く寝ればサンタさんが良い子に鬼軍曹をプレゼントしてくれますかね……?」
「奴隷の斡旋してるサンタクロース闇が深すぎるだろ」
「ちょっと、奴隷って何ですか店長。人聞き悪いなあ」
「Mの」
「あー……、それなら合ってるかも?」
「さっきましろから言われて決めた事だが、俺はもう予定入れたからな。変更はなしだ」
「……早すぎません?」
「いやー昔からこの時期はペルーに行くって決めてたんだけどよ。ここの店長にされてから、この時期に休むなんて正気かみたいなツッコミを本店の奴らが入れてくるから行けなかったんだよ。全くハク様様だな。ま、どうしてもって言うなら、アキラ、お前も連れてってやってもいいが」
「嫌ですよ、どんな秘境に連れて行かれるかわかったものじゃない」
確かに、今まで海河の旅に付き合った知り合いは、皆げっそりとやつれて帰って来たような。
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