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不器用な初恋のその後19

 麺を茹で温めたパスタソースをかけただけのパスタを、ましろは嬉しそうに食べている。  崑崙山に住む高貴な仙女に下界の愉しみを教えてしまったような謎の背徳感を感じて、千駿は自分の想像にひっそりと自嘲した。  そんなことは今更なくらい俗なことをさせているしなと少々下品な思考に行き着くと、どうしてもましろのパスタを頬張る口元に目が行ってしまう。  千駿の視線に気付いたのか、ましろは食べる手をとめた。  澄んだ瞳で見つめ返されると、邪な妄想をしていた身としては大変いたたまれない。 「ちー様」 「…何だ?」 「あの……一とはどんなことを話したのですか?」  どうやら、ずっと気になっていたらしい。  邪念を見透かされて怒らせたわけではなくてよかったとひとまず安堵する。  瞳には力がこもっていて、聞かせて欲しいという強い意志を感じたが、千駿は一旦はぐらかした。 「彼が言っていなかったか」 「私の好きな料理のことですか?……本当にその話しかしなかったのですか?」 「そんなに気になるのか?」  逆に聞き返すと、詮索し過ぎてしまったと思ったのか、ましろはしょんぼりと項垂れる。 「……ごめんなさい。何か…私の過去の失敗談などを聞かされて、ちー様が呆れていないか気になってしまって…」  まさかそんな可愛い心配をしていたとは、と、千駿は軽く目を瞠った。  心配をする必要はないと言っておくべきか。  はぐらかしたのは、当たり前だがそんな理由ではない。  千駿は、城咲との会話を回想する。  顔貸せと言われて連行されたのは、どうやら城咲の私室のようだった。  調理器具や料理に関するものと思われる蔵書がそこかしこに溢れ、人が生活できるスペースはかなり少ない。掃除は行き届いているようだが、あまり生活感はなく、睡眠をとりに戻るだけの場所、という印象を受けた。  城咲は千駿と相対したまま、じっと鋭い眼光でこちらを見ている。  一体何を言われるのだろう。  現状に落ち着くまで、ましろには辛い思いをさせてしまったし、月華及びその身内にはあまり歓迎されないことは覚悟していた。  自分がこの男や神導だったとしたら、あんなに可愛いましろを手放したくはないだろうとも思う。  流石に痺れを切らし始めた頃、ようやく城咲が口を開いた。 「俺にとって、ましろは大切だ」  身構えていたところへの唐突な告白に面食らう。  どう相槌を打つべきか迷い、千駿は沈黙をその代わりにした。  やはり千駿のことが許せないという話なのだろうかと少々気が重くなったが、城咲が続けたのは、大切な身内を攫って行く男への非難ではなかった。 「大切だが…、例えば月華とましろ、どちらかしか救えない状況なら、俺は月華を助ける」 「……?」 「ましろも恐らくそうだろう。俺と月華なら、月華を選ぶ。好き嫌いの話じゃなく、それが最終的に最善になると考えるからだ。月華が無事であれば自分たちの夢は潰えることはないと」  ましろがそう思うかどうか、千駿には確信が持てなかった。  そもそも、ましろがそんな二択を迫られるような事態にはなってほしくないというのもある。  千駿が面食らっているのを見て、城咲は「何の話か分からないって顔だな」と微かに口角をあげた。 「月華は、ましろがお前が攫われた一件の後始末を黒神会の身内に頼んだ」 「!」 「それなりに覚悟は決めてるだろうが、お前はもう既にこっち側に足突っ込んでるってことだ。ましろには両親のこともある。万が一あっち側と揉めた場合、政財界に強い影響力のある黒神会の力が必要になるだろう。お前は、……お前も、ましろを守るために月華を優先せざるを得なくなる。…そういう話だ」 「何か……そういった予兆があると?」 「今はまだ平気だ。この先もそんな時が来ないに越したことはないが、俺達が等しく危機に瀕した場合、ましろを守るのはお前だけって状況はありうる。だからお前は、ましろのことを一番に考えろ」  それならば、言われるまでもないと頷いた。  あの神導月華が危機に陥るような状況で、果たして自分にできることがあるのかどうかはわからないが、ましろの危機には己の力のすべてでもって、ましろを守ろうとするだろう。  覚悟を問うというのなら、それだけは、違えることはないと誓える。  千駿の覚悟を見届け、満足そうに頷いた城咲は、すぐに「ところで…」と話題を変えた。 「お前、メシはちゃんと食ってるのか?」 「必要と思われる栄養はとっているつもりですが…」 「お前な。そんなことでましろが守れると思ってるのか。そもそも食事とは……」  その後は、食事というものがいかに人類にとって必要かというところからはじまり、栄養学から心理学まで食にまつわる話(説教)が続いた。  今後はしっかりがっつり食べろと念を押されて、ややげっそりとしながら頷いた千駿であった……。

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