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不器用な初恋のその後18

 次に気付いた時には、後始末をしてもらって清潔なシーツの上に寝かされたところだった。 「あ、ち、ちー様、寝てしまって、ごめんなさい」  現状を把握し、慌てて起きあがろうとしたが、何故か力が入らず、上手くいかない。  困り果てて見上げると、天王寺は何やら苦悶の表情で、横になったままでいいと、そっとましろの頭を撫でる。 「ちー様……?」 「……悪かった。お前がかわいくて、つい…少し、いやかなり無理をさせた」  何故謝罪されるのかよくわからず、首を振る。  天王寺が謝ることなんて、一つもない。  そんなことよりも、ましろが気になっていることは。 「あの、ちー様…、あんな粗相をしてしまって、呆れていませんか……?」  醜態を晒した上に、後始末まで全てさせてしまった。  嫌われてしまったのではないかと不安で、手間をかけさせてしまった申し訳なさもあり合わせる顔もなく、上掛けを目元まで引き上げ様子を窺っていると、天王寺はほっとしたように目元を和らげた。 「あれは…漏らしたわけじゃないから、そんなに気にするな」 「そう…なのですか?私のことが、嫌になっていないですか」 「俺がそうなるようなことをしたんだから、嫌になるわけないだろう」 「同じようにしたら、ちー様もああなるのですか?」 「……………。試してみたことはないな」 「…………………」  天王寺をじっと見つめる。  気まずい顔になった天王寺は、すいと目を逸らせた。 「俺はやらないぞ」  まだ何も言っていないのに断られてしまい、ましろは唇を尖らせる。 「ずるいです……」 「ずるくない。まあ、これに懲りたら、あまり何をされてもいいみたいなことは言わないことだな」 「でも、ちー様はしたいと思ったことをしてくださったのですよね?それなら、嫌ではないのでいつでもしてほしいです。私はこうしたことに疎いので、ちー様に満足していただけるよう、もっと勉強します」 「いや、別にいつでも潮を吹かせたいわけじゃ……ごほん。あー、こういうことは、どちらか一方だけよければいいということではないから、お前も嫌な時はちゃんと言ってくれ」  前半部分はどういう意味かよくわからなかったが、どちらか一方だけよければいいということではない、というのは素敵な考えなので、ましろは素直に頷いた。  ふと気付いた、窓の外が暗い。  時計を見れば深夜と呼べるような時間帯で、帰ってきた時はまだ日が沈んでいなかったのに、随分と長いこと抱き合っていたようだ。  ましろの視線に気付いた天王寺が苦笑したので、同じことを思ったかもしれない。 「だいぶ遅くなってしまったが、何か食べるか」 「はい。わ、私が……」 「俺が適当にするから、寝てろ。……折角もらったレシピでも見てみるか」 「ちー様、一のレシピは恐らく……具材を一晩煮込むところから始まっていたり、作り置きの秘伝のタレを使用する料理などが中心と思います……」 「それは……作っている間に朝食になってしまいそうだな」  城咲は、料理に対していつでも本気だ。  そういうところをとても尊敬してはいるが、彼は誰でも努力をすればその域に達することができると思い込んでいるところがある。  天王寺は食に興味がないと言っていたけれど、ましろもそこまでのこだわりはない。  そこでましろは食べたいものを思いつき、天王寺を見上げた。 「あの、大変お手間をかけてしまった後で、言いにくいのですけど…、一つわがままを言ってもいいですか?」 「もちろんだ」 「ちー様の作ったパスタが食べたいです」 「麺を茹でるだけだぞ?」 「でも……美味しかったです」  初めてこの部屋に連れてきたもらった日。  再会してから、ずっと怒っているようだった天王寺が、リラックスした様子で笑ってくれた時の喜びは、忘れられない。  ましろが、重ねて美味しかったと主張すると、天王寺はわかったとベッドサイドから立ち上がる。 「お前は安上がりだな」  部屋を出ていく天王寺は、呆れたような言葉とは裏腹に、少し嬉しそうに見えて、残されたましろは一人布団にくるまり、ニコニコしてしまうのを止められなかった。

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