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222小噺『猫は、純白と戯れる』

 リビングで新聞を広げていると、おもむろに寄ってきたシロが紙の端にじゃれ始めた。  今の今まで窓際のキャットタワーで気持ちよさそうに寝ていたくせに、落ち着いて新聞でも読もうとすると寄ってきて妨害するのは一体どういうことなのだろう。  猫は常に不条理だ。  このまま無視していると、本格的に遊び始めて新聞をビリビリにされる未来が見える。(経験則)  そんな未来を回避するため、天王寺は脇によけてあった折り込み広告を一枚手に取ると、手頃な大きさに破り、くしゃくしゃと丸めた。  シロは、その動作をじっと凝視している。  ボール状になった紙をよく見せてから遠くに放ると、シロは弾丸のようにそれを追いかけ、しばらくサッカーして遊んだ後、咥えて天王寺の足元に持ってきた。  もう一度やれ、の意だ。  要求に応じて再度放る。  シロはまたズシャッと激しい音を立てて走っていった。  遊んでやることで新聞の安全は確保できたものの、しかしこれでは集中して読めない。  結局シロの思い通りかと肩を落としていると、何やら強い視線を感じた。 「……ましろ?」  振り向けば、近くに座っていたましろが、とてもキラキラした瞳でこちらを見つめている。 「シロ……すごいです!わんちゃんみたいな遊びができるなんて」  天王寺にとっては日常的な行為だったが、ましろにとっては珍しいものだったようだ。  いたく感動した様子で、また紙のボールを咥えて戻ってきたシロを「シロは天才ですね」と撫で回している。  ましろは最近すっかり親バカならぬ飼い主バカだ。 「私もやってみたいです」 「ああ、遊んでやってくれ」  頷いたましろは紙のボールを手に取り、「シロ、行きますよ」と宣言してから、えいっと投げた。  子供の頃、運動全般が苦手なましろは、もちろん球技も壊滅的だった。  体育の授業が球技の日は、混ざれなくてオロオロしているか、ひたすらにボールを追いかけているかのどちらかだったと思う。  一生懸命ボールを追いかけているましろは不謹慎ながらとてもかわいくて、当時はよく、今まさにシロと興じている『とってこい』的なボール遊びをしたい誘惑に駆られたものだ。  ましろもその後成長の過程で球技を克服した……なんていうことはなかったようだ。  投げた紙のボールは飛距離もなく、カサッとしけた音を立てて二人の近くに落下する。  若干困惑した様子のシロだったが、前足でちょいちょいとつついた後、調子を取り戻したように本格的に遊び始めた。 「シロが遊んでくれてます……!」  動きに機敏さが足りないため、シロと遊ぼうとしても上手く行ったためしのないましろは、これがとても嬉しかったようだ。  天王寺は、よかったなと頷いた。  だがしかし。  しばらく遊んでから戻ってきたシロは、何もくわえていなかった。  どうして、という表情で固まるましろのそばにちょこんと座り、ただじっと見上げている。 「シロ、あの、…ボールを持ってきてくれないのですか?」 「…投げる人間が違ったから、調子が狂ったのかもな」 「そ、そうかもしれませんね!」  ましろは気を取り直して立ち上がり、紙のボールを取って戻ってくる。 「シロ、今度はちー様の時のように、私のところに持ってきてくださいね」  だが、次も、その次も同じ結果だった。 「まあ…、猫は気まぐれだからな」  肩を落とすましろに気を落とすなとフォローしつつ、試しに天王寺ももう一度投げてみる。  シロは、ボールを咥えて戻ってきた。 「………………………」 「………………………」  ましろは、解せない表情で、またボールを投げる。  シロは近くに落ちたそれを遠くまで運んだ後、やはり何もくわえずに戻ってきて、ましろの近くに座った。  ましろは、「何故!?」と多大なショックを受けている。  シロが何故人によって対応を変えるのか、天王寺には閃くものがあった。 「(もしかしてシロは…、ましろに取って来させようとしているのでは?)」  天王寺がシロと遊ぶように、シロもましろと遊んでいるつもりなのだろうか。  もしや、幼き日の天王寺と同じ気持ちで……いや流石にそれはないか。 「(……まあ、あの投げ方だからな)」  シロとしては、投げるのが下手くそなましろをフォローしているような気持ちかもしれない。  ましろは諦めきれないらしく、「シロ、これを取ってくるんですよ」と身振り手振りを交えて一生懸命説明しているが、シロはどこ吹く風、のんびり体をなめている。 「(シロ…お前という奴は)」  思わず笑ってしまうと、ましろは唇を尖らせた。 「ちー様、笑うなんてひどいです…」 「俺は思うんだが、シロはましろが退屈しないように、遊んでくれているんじゃないか」 「えっ…、私がシロと遊んでいるのではなく、シロが私と遊んでくれているのですか…!?」  ましろは愕然としている。  しばし呆然とした後、はっとしてシロに向き直った。 「た、確かに、私の方が後から一緒に暮らすようになったかもしれませんが…で、でも、ちー様と出会ったのは私の方が先です…!それに、私の方がシロよりお兄さんですし…」  何を張り合っているのか。ましろは時折負けず嫌いだ。  シロはあくびをして、後ろ足で耳の後ろをかいている。  耳を別の方に向けて、まったく聞いていないポーズだ。  まるでコントのようなやりとりが可笑しくてつい吹きだすと、またもやましろに恨みがましい目で見られてしまった。 「怒るな」  機嫌を取ろうと手を伸ばして頭を撫でる。 「はぅ…、撫でられたくらいで、誤魔化されません…」  ましろは耐えていたが、撫でているうちに表情が緩んできた。  せっかく二人でいるのだから新聞を読むのはやめてましろと戯れるかと、天王寺はこの後の予定を変更… 「うな〜」  …するのは、叶わないようだ。 「シロ……」  見れば、紙のボールは部屋の隅にあり、シロは痺れを切らしたようにましろの膝に乗り上げて顔を擦り付けている。 「シロ…まさかあれを…取ってこいというのですか?」 「うな〜」  まるで、肯定するかのようなタイミングで鳴くシロ。  これは、シロが飽きるまで付き合うしかないかもしれない。 「と、取ってきます…」  いつかこの一人と一匹の立場が逆転する日は来るのだろうか。  シロはもたもたと立ち上がるましろの後ろから、早くしろとでも言いたげに「うな〜〜〜」と長く鳴いた。  おしまい。

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