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第1話 猫の決意(1/6)

彼は猫である。 本当の名前は彼自身も知らない。 名前がないのは不便なので、故あって「アルベール」と名乗っていた。 栗色の癖のない髪に、人懐っこいくりっとした琥珀色の目。 頭には黒い猫の耳と、しなやかで長い尻尾。 兵士が武器を持ち、魔法が存在し、神に祈りを捧げる。 そんなよくあるファンタジーな世界で、耳と尻尾以外は人の形をしているアルは、一人の青年に想いを寄せていた。 青年の名はユーベルといって、小国の首都にある大聖堂の司教だ。 たくさん居る司祭達よりも少し偉い立場の人物である。 中性的な顔立ちをしていて、海のような深い青色の髪と瞳は、初対面のアルの目を惹きつけるには充分に鮮やかだった。 青年といってもまだ少年を残した身体つきで、いつも柔和な雰囲気を纏っていて、男だか女だかわからない、というのが初めに会った時の印象で、居合わせた退魔の現場で見せつけられた身のこなしは、アルを差し置いてまるで猫のように軽やかだった。 闇や不死を浄化する魔法は、大掛かりで燃費がよくない。 大規模な殲滅を得意とするアルのパートナーを務めるようになったユーベルは、魔力の波長を合わせて、浄化魔法に必要な膨大な魔力の糧となることでアルを支えた。 魔力の波長を合わせるというのは、ヒトで言うところの指紋を自在に変化させるようなものだ。 唯一無二でありながら、地味で、あまり役立ちそうもない能力。 アルは、ユーベルが「役立ててくれてありがとう」と言ってくれたのが嬉しかった。 それと、魔力を分け与える際に“対象に触れていなければならない”という条件があったのも、アルにとっては嬉しかった。 “嬉しい”と自覚してから、おかしいと気付き始めた。 ユーベルが笑うと、嬉しい。 ユーベルが喜ぶと、嬉しい。 触れられると、それが条件だと分かっていても、胸が高鳴って気分が高揚した。 これが異性を相手にしての反応なら、間違いなく“恋”だと自信を持って言えた。 初めこそ迷いはしたが、今ははっきり男だとわかっているはずなのに、それでも傍にいるとドキドキして、見つめられると顔が熱くなって、気が付いたら四六時中ユーベルのことばかり考えるようになっていて。 アルはついに、流浪の退魔師から大聖堂所属の司教へ転身することを決意した。 もちろん、突然の配属にユーベルは驚いていた。 驚きもしたし、嬉しそうにもしてくれていて、アルは都合よく期待を抱いた。 一度くらい玉砕したとしても、これから長いこと共に生活できるのなら、チャンスはきっとあるだろうと。 これはそんな突っ走りがちな一人の猫と、コンプレックスの多い聖職者のお話。

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