22 / 109

第3話 クリスの恋(3/8)

「ほらほら二人とも、喉も乾いたでしょ。何がいい? 紅茶? ミルクかい?」 落ち着いて顔を洗ったクリスと、本を片付けたユーベルは、ヒルダの部屋のソファーに並んで座っていた。 お茶を入れてきたヒルダが向かいに座って、ゆっくりとティーカップが配られる。 「ありがとうございます、ヒルダ様」 「えぇえぇ、どうぞ、お飲みなさいユーベル」 ユーベルと呼ばれたのを耳にしたクリスは、そういえばそんな名前だったなとぼんやり考えていた。 「クリスも、お飲みなさい」 「…はい」 ヒルダがくれた紅茶のカップが温かい。 立ち上る湯気からふわりといい香りがして、なんだか落ち着く。 口元に傾けて一口飲みながら、クリスは前髪の隙間からほんの少しだけ彼を覗き見た。 間近ではっきり見たのはこれが初めてで、柔らかそうな頬が思っていたより幼くてびっくりした。 さっき、抱き締められていた時はもっと、依存してしまいそうな包容力があった。 とくん、とくんと、彼の心音が心地よくて、紅茶よりもずっと温かかったから、もっと年上だと思ってた。 「落ち着きましたか?」 「――っ」 そんなことを考えていて急に声を掛けられたものだから、クリスはビクリと肩を跳ねさせた。 なんとか返事を返そうとこくこくと頷いて、たどたどしく言葉を繋ぐ。 「…あ、あの、…さっき、は、…ごめん…なさい」 長いこと会話らしい会話をしたことがないクリスが、初めて自ら紡いだ言葉に、ヒルダとユーベルからほっと溜め息が零れる。 「私の方こそ、ぶつかってごめんなさい。…それより、君に会えてよかった」 「…ぼ、くに…?」 意外な言葉に驚くクリスに、人々の噂で存在だけ耳にして、一度も見かけないから気になっていたと、ユーベルは打ち明けた。 さりげなく、噂の内容には触れずに。 「歳も近いし、友達になれたらいいなって」 「っ…友、達…」 返事に迷っているクリスが手遊びを始める。 それを見ていたヒルダがくすっと笑う。 「クリスは、いいよ、ですって」 「――! い、言って、ない…!」 「ほっほっ。仲良くなさいね、二人とも」 何か言いたげなクリスを置いて、ヒルダとユーベルが和やかに笑う。 このまま何も言わずにいたら、これまでの人生から何かが一変してしまいそうで、クリスは不安で押し潰されそうだった。 そんな心中を察したのか、ユーベルが不意に手を握ってきて、人肌の温度に不慣れなクリスの頭は余計に混乱した。 「よろしくね、クリス」 「ぅ…はい…ユーベルさま」 「さま…!? さまなんて要らないよ!」 「おやおや、ほっほっほっ」 幼少の頃より愛情や温もりに飢えていたクリスは、自分が人の体温に弱いのだと、この短時間でまざまざと思い知らされた。 そしてこの時の記憶が彼の拠り所となるのは、クリス自身もなんとなく予感していて、大事に大事に胸の奥に閉じ込めたのだった。

ともだちにシェアしよう!