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第3話 クリスの恋(3/8)
「ほらほら二人とも、喉も乾いたでしょ。何がいい? 紅茶? ミルクかい?」
落ち着いて顔を洗ったクリスと、本を片付けたユーベルは、ヒルダの部屋のソファーに並んで座っていた。
お茶を入れてきたヒルダが向かいに座って、ゆっくりとティーカップが配られる。
「ありがとうございます、ヒルダ様」
「えぇえぇ、どうぞ、お飲みなさいユーベル」
ユーベルと呼ばれたのを耳にしたクリスは、そういえばそんな名前だったなとぼんやり考えていた。
「クリスも、お飲みなさい」
「…はい」
ヒルダがくれた紅茶のカップが温かい。
立ち上る湯気からふわりといい香りがして、なんだか落ち着く。
口元に傾けて一口飲みながら、クリスは前髪の隙間からほんの少しだけ彼を覗き見た。
間近ではっきり見たのはこれが初めてで、柔らかそうな頬が思っていたより幼くてびっくりした。
さっき、抱き締められていた時はもっと、依存してしまいそうな包容力があった。
とくん、とくんと、彼の心音が心地よくて、紅茶よりもずっと温かかったから、もっと年上だと思ってた。
「落ち着きましたか?」
「――っ」
そんなことを考えていて急に声を掛けられたものだから、クリスはビクリと肩を跳ねさせた。
なんとか返事を返そうとこくこくと頷いて、たどたどしく言葉を繋ぐ。
「…あ、あの、…さっき、は、…ごめん…なさい」
長いこと会話らしい会話をしたことがないクリスが、初めて自ら紡いだ言葉に、ヒルダとユーベルからほっと溜め息が零れる。
「私の方こそ、ぶつかってごめんなさい。…それより、君に会えてよかった」
「…ぼ、くに…?」
意外な言葉に驚くクリスに、人々の噂で存在だけ耳にして、一度も見かけないから気になっていたと、ユーベルは打ち明けた。
さりげなく、噂の内容には触れずに。
「歳も近いし、友達になれたらいいなって」
「っ…友、達…」
返事に迷っているクリスが手遊びを始める。
それを見ていたヒルダがくすっと笑う。
「クリスは、いいよ、ですって」
「――! い、言って、ない…!」
「ほっほっ。仲良くなさいね、二人とも」
何か言いたげなクリスを置いて、ヒルダとユーベルが和やかに笑う。
このまま何も言わずにいたら、これまでの人生から何かが一変してしまいそうで、クリスは不安で押し潰されそうだった。
そんな心中を察したのか、ユーベルが不意に手を握ってきて、人肌の温度に不慣れなクリスの頭は余計に混乱した。
「よろしくね、クリス」
「ぅ…はい…ユーベルさま」
「さま…!? さまなんて要らないよ!」
「おやおや、ほっほっほっ」
幼少の頃より愛情や温もりに飢えていたクリスは、自分が人の体温に弱いのだと、この短時間でまざまざと思い知らされた。
そしてこの時の記憶が彼の拠り所となるのは、クリス自身もなんとなく予感していて、大事に大事に胸の奥に閉じ込めたのだった。
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