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第6話 違和感(5/8)
雑貨屋へ向かう途中、中央に大きな噴水が座した広場を通る。
そこで木陰になっているベンチを選んで、ひとまず腰を下ろした。
都合よく壁を背にしていて、人の目から多少逃れられたことでほっと気が抜ける。
「すみません、ご迷惑をおかけして」
「ううん、迷惑なんて思ってないよ。…そうだ。考えてみたら、一緒に外を歩くのって初めてだね」
隣に掛けたユーベルが、少し見上げがちに笑いかけてくる。
守ってもらっていた頃は自分が見上げていたのに、こうして見下ろす側になった今も、なんだかんだで守られている気がして情けない。
そんな思いでクリスの口から溜め息が漏れた。
「…不甲斐ないです」
「…? 何?」
「あの頃とは違うんですよ。同じ服を着て、側に居て、背なんかユーベル様よりも伸びてしまって」
話をするクリスを、ユーベルがじっと見つめる。
この人は誰かの話を聞く時、必ずこうして見つめながら言葉を待つ癖があった。
それに瞳の色のせいだろうか、海を思わせるような青色は、何を言っても受け入れてくれそうな、不思議な力を持っていた。
「でも…僕の中身は変わらないままです。目一杯背伸びをして足元が覚束無い、子供と一緒なんです」
ふと気が付くと、なんだか人生相談みたいになってしまっていた。
彼を観察するつもりで付いてきたのに、何をしてるんだと手遊びをしてしまう。
「…ふふ。そうだね、変わってないね」
遊ぶ手に、ユーベルの手が重なって、動きが止められる。
相変わらずこうして簡単に触れてくる彼の心境が、クリスには理解できなかった。
それに、やっぱり彼の手は自分では振り払えない。
「だって、クリスはまだ子供だよ。今はそうやって、自分がどうなりたいか悩む時期なんじゃないかな」
「どうなりたいか…」
そう言われて、はっとした。
そばに居る内に、彼を求める気持ちが大きくなっていること。
それから、彼を失いたくない気持ちも日に日に強くなっていること。
そして重ねられた手が、自分よりも小さく思えること。
「…強くなりたいです」
「うん」
「あなたを、守れるくらいに」
「…うん?」
クリスがユーベルの手をぎゅっと握って、不意に笑った。
「ふふ、わかってますよ。ユーベル様が僕なんかよりもずっと強いってこと。それでも、そうなりたいと思ったんです」
「う、うん、そっか。どうなりたいか、わかったみたいで良かった…うん」
ユーベルが警戒心を抱くのがクリスにはわかった。
取り繕うような言葉がぎこちない。
握っていた手を離すと、早々に引っ込んでいく。
それが少し、悲しかった。
「…ユーベル様も、悩んだりしましたか?」
「私は…んー…」
考える素振りを見せたユーベルは、クリスに笑いかけて立ち上がった。
「あはは、内緒。行こうか、あんまり待たせると悪いから」
「ええっ、ずるいですよ。先輩として、話を聞かせてください」
「先輩って言ったって、三つしか違わないよ。それに、大した参考にはならないって」
歩き始めるユーベルに慌ててついて行く。
珍しい経歴の持ち主でもあるから、色々としつこく聞いてみても結局何も教えてもらえず、雑貨屋への道のりでクリスは悔しさを募らせていった。
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