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第9話 好み(3/10)

大聖堂の大広間を飾るロウソクを、新しいものと取り替えている司祭達の中にユーベルもいた。 穏やかに目を伏せている女神像を中央に、色とりどりのステンドグラスの窓があって、教壇には分厚い聖書を本立てに掲げる神父が居る。 「あぁ、そうだユーベル。お願いがあります」 「はい、何でしょうか? 神父様」 お願い、というのは、午前中に届いた来年度の修道士達の聖書を、一旦書庫に収めるというものだった。 快く引き受けたユーベルは、台車に乗せられた段ボールいっぱいの聖書のもとへ案内してもらった。 「二階でよろしいですか?」 「ええ、お願いします。すみません、いつも色々と頼んでしまって」 「ふふ、好きでやってるので。神父様は本日の祝福をお願いします」 お辞儀をすると、一礼が返される。 驕ったところのない神父だからこそ、ユーベルは気持ちよく台車を転がし始めた。 そしてすぐに、難関に差し掛かる。階段だ。 「うん、さて…。うーん、箱ごといっぺんに行くのは無理だなぁ」 仕方がない、箱の中身を一列ずつに分けて出して…と打算していると、ちょうどよくクリスが通りがかった。 これは好都合、と手招いて声を掛ける。 「あ、クリス! ちょっと手伝って」 「はい、なんなりと。珍しいですね、手を貸して欲しいだなんて」 「この箱を二階に持って行きたいんだけど、さすがに一人じゃ重くて。そっち持ってくれる?」 案の定、快く引き受けてくれたクリスを伴って、無事に二階へ本を運んだ。 二人で持ってもけっこうな重さで、どうにか力を合わせて運んだダンボールを台車に乗せて、今度は二階の廊下を転がして歩く。 「はー、ありがとう。助かったよ」 「いえ、お役に立てたなら良かったです。でも一つだけ、いいですか?」 「うん?」 会話しながらたどり着いた書庫のドアをさりげなくクリスが開いて、よいせっ、と台車を収めたところで続ける。 「ユーベル様、肉体強化の魔法、得意じゃありませんでした?」 「……!?」 そうだ。 言われて気が付いたユーベルが己の手を見る。 両腕に魔力を纏わせて腕力を高めるなんてこと、イヤリングさえあれば朝飯前なのだ。 治癒以外の魔法は、ほとんど退魔の際にしか使わないものだから、すっかり失念していた。 「…あはっ」 「忘れてましたね…」 罰が悪くなったユーベルが頭を掻くと、クリスがあまり見せない表情でふわりと笑った。

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