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第9話 好み(2/10)

ほどよくざわついていた食堂がシンとなって、一気に視線が集まる。 「あっ…。し、失礼。ごめんなさい。食事を続けてください」 なんとか取り繕って椅子に掛けると、少し間を置いてからちらほらとざわつき始めて、食堂に和やかな空気が戻った。 ほっとしたのも束の間、会話をしていた三人を見ると、責めるような視線が向けられた。 「う…ご、ごめんなさい…」 「驚き過ぎですよ」 と、クリスが穏やかに嗜める。 その声にアルが続いて、神父が渋い顔をする。 「あれ? 言ってなかったか?」 「わかっているでしょうが、周りの規範になるよう、気を付けてください」 「はい…」 三方向からいっぺんに言われて、もう苦笑いするしかなかった。 ひと段落つけようとしたユーベルは、コップの水を一気に飲み干してゆっくり息を吐いた。 「ふぅ…それ、本当に?」 「そんな嘘ついてどうすんだよ」 意外や意外、今まで年齢について話した覚えがなかったユーベルは、改めてアルを見た。 学ぶ者の方が多いこの大聖堂では、半数以上を十代の若年層が占めている。 人との接し方、言葉遣い、素直な振る舞い…確かに少々お兄さんぶる面があるから、少し上の二十前半くらいの印象だろうか。 それにしたって、三十半ばである神父との肌つやを比べても、やっぱり若々しい。 神父には失礼だが。 やはり猫の血なのだろうか?とじろじろと眺めるユーベルを置いて、クリスも口を開く。 「正直に言いますと、僕も驚きましたけど。落ち着きのなさからすると、意外な年齢でしたので」 「うっせーな、お前が必要以上に老け込んでるんだよ」 「老けてはいません。落ち着きが、あるだけです」 二人がほんのり火花を散らしている間に、またも神父が割り込む。 「そういえば、アルベールの経歴書類の年齢の欄は空白でした。本当はいくつなんです?」 「んんー、さぁ…? 大体ってだけで、俺もわかんね。ていうか、三十過ぎてるのは確かってだけで、もしかしたら五十とかかもしれないぞ」 「さ、流石にそれはないのでは…。身寄りのない者は多いですし、取り立てて問題にはなりませんが…縁のある者は一人も居ないんですか?」 「あーもー! 別にいいだろ、俺がいくつだろうと。てか食わないなら貰うからな」 掘り下げて聞こうとする神父が面倒になったアルは、あからさまに話を変えてクリスが避けたベーコンを口に放り込んだ。 それから矢継ぎ早にごちそーさまと手を合わせて、そそくさと席を立つのを、ユーベルの手が空を切って引き留め損ねた。 「あっ、ちょっとクリスの分! …ちゃんと全部食べなさいって言ってるのに」 「…残念ながら、もうありません」 「避けたりするから取られるんでしょう。もー世話が焼けるなぁ…」 半分残っていた自分のベーコンを、ユーベルはクリスの皿に分け与えた。 もちろん、食べかけとはいえナイフが触れたくらいで、直接口を付けたものではなかったのだが。 それを妙に長らく噛み締めるクリスが、本日の朝食の席の最後の一人になるのだった。

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