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第9話 好み(7/10)
「…おい、本当に大丈夫かよ」
「あ、…うん、大丈夫」
考えごとをしていたら、アルに顔を上げられてしまった。
咄嗟に答えたがオウム返しになって、琥珀色の瞳に疑念が宿る。
「大丈夫って顔してない。…何かあったのか?」
「ん…ちょっと。色々、あっ…て」
話している途中で、唇が重なった。
完全に不意を突かれたユーベルが、目を見開く。
「お前、強情だから。一人で抱え込もうとするんだろうけどさ…俺は何があっても、お前の味方だから。…覚えといて」
真剣な顔でアルが紡ぐ言葉の力強さに、涙腺がジンと熱くなる。
長年、人前で泣くことのなかったユーベルは、素直に泣くことが出来ずにぎこちなく笑った。
すると、アルにポンと撫でられた頭が、そのまま肩に引き寄せられる。
「みんな、どっかで誰かに甘えてんだよ。そうやって生きるのが普通なんだから、たまには甘えとけって。…その相手が俺なら、嬉しいんだけどな」
最後に照れ笑いをしたアルが、顔が見えないように抱き締めてくれて、ユーベルはゆっくりと目を閉じた。
温かさと、喜びと、愛しさが胸を満たす。
幸せを感じる反面、クリスの言った通りだな…と、一度抱いてしまった罪悪感がじくじくと胸の奥を苛む。
「…ねぇ。猫さんは、私とこうすると、どんな気持ち?」
「んん? んー…」
少し身体を離して、読み取るように表情を見つめるユーベルが、アルの腰に手を回して問い掛ける。
考えるように唸ったアルは、やはり照れ笑いをして答えた。
「色々だよ。好きとか、ドキドキするとか、いい匂いだなとか」
「…ふふ、何それ」
「お前が聞いてきたんだろ…正直に答えたのに」
確かにアルの言う通り、好き、ドキドキする、いい匂い、も感じるものだった。
クリスの感覚にも寄り添えたが、また違った感覚でも寄り添えること、共有する喜びを、アルは意図せずユーベルに教えていた。
「ふふっ…ありがとう、猫さん。元気出てきたよ」
「そうか? よくわかんないやつ…まぁ、元気になったならいいか」
「うん。ありがとう」
顔を上げて、お礼という名目を掲げて、ユーベルは初めて自分からキスをした。
名目なんてただの自分への言い訳で、本当は無性にそうしたくなったからなのだが。
軽く触れるだけのキスだったのに、目の前のアルの顔は大袈裟に赤くなっていく。
「っ……」
「…嫌だった?」
「い、嫌なわけあるか…! ちょっと、驚いただけだ」
「あはは、猫さんでも照れるんだね」
「うっさい」
おちょくったせいで、頭を強引にアルの胸に押し付けられた。
きっと、照れてる顔を見られたくなかったんだろう。
おかしくて笑っていると髪をくしゃくしゃと撫で…るというよりは掻き乱されて、少しの間、二人でじゃれ合っていた。
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