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第10話 猫の迷い-前編-(5/20)
アルが意を決して昨夜の出来事を打ち明ける。
そして、自らの体質のことと、ジーンとの関係を説明すると、黙って聞いていたユーベルは、ひとつ溜息をついてから困ったような笑みで言った。
それなら、仕方ないね、と。
…なんて、たった数行で都合よく展開して終えられるなら、ユーベルの帰りを待っていたアルがこうして頭を抱えることもないのだ。
そして今のアルは、別の意味でも頭を抱えていた。
只今、夜中の23時。
ずっとユーベルの部屋で待つわけにもいかず、外に出てしまったばっかりに長めの昼寝をしてしまって、気付けばこの時間だったのだ。
話そうとしておきながらこんな時間まで出歩いていたとなると、非常に気まずい。
「気まずい…でも行かないわけには…」
そう、行かないわけにはいかないのだ。
キリキリと胃が痛む。
そういえば何も食べてなかった。
あぁもう、今の自分はまさしく野良猫だな、と嘲りながら、アルは自分専用の玄関になりつつある二階の窓を引いた。
「あ、猫さん。おかえりー」
お風呂上がりのユーベルが、濡れた髪をタオルで乾かしながら出迎えてくれる。
「あ…、うん。た、ただいま」
「お風呂、ちょうど空いたとこだよ。入っておいで」
「お、おう…」
いつも通りだ。
あまりにもいつも通りでいるユーベルに逆に戸惑う。
もしかして今朝のは夢だったのか?寝てなかったから妙な幻でも作ったのか?と、シャワーを頭から被りながら現実逃避してみたが。
「いやいや現実。これは現実」
そうだ、現実逃避してる場合じゃない。
ユーベルは何も知らないから普通で居られるのだろうが、やっぱりあの事を秘密にしたまま彼に触れるのは、自分が許せない。
そして切羽詰まっていたとはいえ、ジーンにも申し訳なく思えてきた。
大胆な行動を選んだ割に気の小さいアルがそろりと部屋に戻ると、テーブルに食事を用意するユーベルが居た。
いつかのように。
「お腹すいてる?」
「う、うん」
「だと思った。ほら、食べて」
はい、とスプーンが握らされて、促されるまま席についた。
向かいに座ったユーベルが頬杖をついて見てくる。
「…いただきます」
「どうぞ」
スープを口に運ぶと、温かくて、美味しかった。
そして、美味いと感じる自分に罪悪感を覚える。
完全に一人相撲だ。
「…とりあえず、ちゃんと食べてね。ゆっくりでいいよ」
「…さんきゅ」
ゆっくりでいい、というのが、食事とは別のことを指しているのは、アルにも分かっていた。
スプーンは進まないが、腹は減っている。
アルは味を感じる暇もないほど、無心で食べ物を胃袋へ詰め込んだ。
それをずっと見ていたユーベルが、控えめに笑う。
「また野良猫みたいになってる」
そう思うのも無理はない。
何せ今回は本人のお墨付きで野良猫モードなのだ。
食事を終えたアルは、水を一気に飲み干して空になったコップを置くと、すっと立ち上がって床に跪いた。
何事かと見下ろすユーベルの前で、ひとつ深呼吸してから頭を下げる。
「…浮気しました」
「……はい?」
土下座するアルと、椅子で脚を組んで見下ろすユーベル。
二人の間に、重く長い沈黙が落ちた。
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