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第10話 猫の迷い-前編-(6/20)

時計の秒針が時を刻む。 その音がやけに大きく部屋に響く。 どれくらい経ったのか、或いは一分も経っていないのか、嫌に長く感じる沈黙の時間が、ユーベルの疑問で破られた。 「どういう意味?」 探るように発せられたその声は低く落ち着いていて、アルは頭を下げたまま、緊張で息を飲んだ。 「…そのまんまの意味です」 「…ごめん、よくわからない。とりあえず、頭上げて」 ユーベルに言われるがまま、アルはおずおずと頭を上げた。 盗み見るようにユーベルの顔を確認すると、怪訝な表情をした眉に悲しみが滲んでいて、とても目を合わせられなかった。 「浮気ね…どうしてまた?」 「うん…。その…」 アルは、自分の体質を詳らかに説明した。 恥じつつ、そんな場合じゃないと半ば開き直って、己でも手を焼いている性欲のことを正直に。 それから、その捌け口として女性を抱いたことまで伝えて、また頭を下げた。 「ごめん、お前が居るのに…裏切るようなことして」 「……頭、上げてよ」 ユーベルが、テーブルに肘をついて額を押さえた。 床に座るアルからは顔が隠されて、口元しか表情を読み取ることが出来ない。 「うーん、参ったな…こういう時、どうすればいいんだろうね」 「…怒るんじゃないか、普通」 「ねぇ猫さん、今回のことは、半分は私のせいだってわかってて言ってる?」 「え? …なんでそうなるんだよ」 アルの疑問に、ユーベルが自嘲するのが見えた。 それから席を立った彼は、目の前にしゃがみ込んで、小さく溜め息を零した。 「私が女だったら、良かったのにね」 そう言って悲しげに瞳が揺らいだ。 女だったら、もっと簡単に応えられたのに。 女だったら、こそこそと隠れる必要もないのに。 女だったら、恋人のその先も、望めたのに。 たった一言に、身体のこと、関係のこと、将来性、あらゆる要素が内包される。

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