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『『だめんず・うぉーく』を止めるとき』番外SS(彰視点)①

「君はもしかして、プロが嫌いなのかい?」  そう尋ねると、彼は狼狽えたように目を泳がせた。  ――ああ、やっぱりそうなんだ。  申し訳程度に否定する彼を見て、彰は嘆息した。  さかのぼること数週間前。彰は、急遽代打で担当した大盤解説会で、彼、昴太と出会った。昴太は、実に印象深い観客だった。大幅に遅刻して来たのもさることながら、彼は彰の解説にまるで関心が無い、といった態度だったのだ。解説の上手さでは、彰は定評がある存在だというのに。  何だか無性にイライラした彰は、彼を指名して、質問を投げかけた。  ――どうだ、焦っただろう……。  しかし予想に反して、昴太は完璧な回答を口にした。全く聞く気の無い態度だったにもかかわらず、これまでの流れを全て踏まえた適切な判断に、彰は驚嘆した。  ――だから、何者なのか突き止めようとしたのに。  昴太は、彰が名前を尋ねても答えることなく、さっさと会場を出て行ってしまったのだった。その後、昴太が勤める囲碁サロンを突き止め、潜入した後も、彼は一貫して迷惑そうな様子だった。  ――挙句には。 『なんせ、あの天花寺義重九段の息子さんですしね。来て下さったというだけで十分です』  昴太は彰に向かって、皮肉たっぷりに言ったのだった。あの時は、張り倒してやろうかと思ったものだ。その頃から薄々気が付いてはいたが、やはり昴太はプロ嫌いだった。  囲碁は好きでもプロは嫌い、そういう種類の人間がいることは、彰も知っている。その原因は、大抵妬みだ。しかし、昴太には何だか、別の理由がある気がした。それならばその理由を知りたい、と彰は切望した。――それに。  プロ嫌いのくせに、昴太は文月洋一九段のことは、非常に慕っているようだった。いや、あれは慕うというより、完全に恋だろう。文月九段が部屋に入って来た途端、昴太は顔を輝かせて彼の元へ飛んで行った。そう、まるで飼い主にしっぽを振る忠犬のように。  あれでよく周囲にバレないものだ、と彰は内心呆れた。いや、彰が気が付いたのは、自分も同類――つまり男性が好き――だからかもしれないが。  昴太は、少しでも話していたいとばかりに、出て行こうとする文月九段にまとわりついていた。その態度は、彰をますます苛立たせた。  ――彼の本性なんて、知らないくせに。  文月洋一というのは、全くもって外面だけの男だ。碁はそこそこ強いし、金儲けも上手――『文月』はなかなかの繁盛ぶりだ――である。しかしその内面は、ただの浮気男だ。  ――プロ棋士嫌いのくせに、彼は特別なのか? こんな男が?  激しい思いに駆られた彰は、思わず昴太にキスをしていた。昴太の唇は、まるで女の子みたいにしっとりと柔らかかった。――まあ、根っからの男好きである彰は、実際の女の子とのキスの感触なんて、知りはしないのだが。  ――ああ、可愛い。  何度か感じていたことだが、呆気に取られて目を見張る昴太を見て、彰は改めて思った。そしてその瞬間、気づいたのだ。昴太が好きだと。きっと、初対面の時から気になって仕方なかったのは、恋だったのだろう。  ――だとしたら、逃がすわけにはいかないな。  攻めは、碁の基本だ。でも、守りも忘れてはいけない。  ――気が付いたら、僕のこと以外考えられないように、してあげるから……。  目の前の狼に狙われているとは露ほども気付いていない子羊を前に、彰は着々と作戦を練り始めたのだった。

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