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『『だめんず・うぉーく』を止めるとき』番外SS(彰視点)②
※本編の軽いネタバレを含みます。また、元々コラボ小説だったため、他作品のキャラが一部に登場していますが、お読みいただくのに支障はありません。
――しかし、何だってこんなことに。
酔いつぶれた昴太を介抱しながら、彰はため息をついた。
昴太の想い人が文月洋一九段だと知った彰は、どうにか彼の本性を昴太に思い知らせるべく、あれこれと思案した。
そんな時、彰は耳寄りな情報をつかんだ。文月九段が、自身が経営する囲碁サロンの常連客の若い女性とレストランで食事するらしいのだ。それも、昴太の生徒で、彼に思いを寄せていた女性と。恐らくは、彼女が昴太に振られた(というより彰が振らせた)のを察知して、弱った心につけこむ手口だろう。つくづく、下種な男だ。
酷だとは思ったが、彰は昴太にその場面を見せた。昴太も文月九段の本性を知るべきだと思ったのだ。
――さあ、昴太がどう出るか。
①ショックで打ちひしがれる②自分に逆切れする③意地とでも認めない、考えられるリアクションはこれくらいだろう、と彰は予想していた。相手の応じ方を予想して対策を立てるのは、碁において重要なことだ。
ところが昴太は、彰が予想もしていなかった行動に出た。何と彼は、文月九段と女性のホテル行きを阻止する、と追いかけ始めたのである。それも、タクシー代の持ち合わせも無いのに。あまりも考え無しの行動に、彰は呆れ果てた。
――これでよく碁が打てるな。直感派か。
そんなことを考えながらも、彰は取りあえず彼に付き合うことにした。なぜ昴太がそんなに必死になるのか、彰は理解できなかった。最初は女性に対するジェラシーかと思ったものだが、理由は真逆だった。女性を救いたい、振った自分にも責任があるから、と言うのである。
――びっくりするくらい真面目だな。それに、素直というか……。
それならば自分に対してももう少し素直になってくれてもいいのでは、という思いが彰の脳裏をかすめる。
――まあ、なかなか落ちない相手を攻略するのが恋の醍醐味でもあるんだけど……。
結局阻止することはかなわかったが、彰にとっては好都合だった。昴太と、ホテルのバーで飲むことができたからだ。酒が入ったことで饒舌になった昴太は、彰に昔話をしてくれた。高校の時に好きな男がいたこと、でも彼はノンケで、こっぴどく振られたこと、おまけにその男のせいでホモだと噂が立ち、いじめに遭ったこと。
――文月九段といい、昴太はロクな男を好きにならないな。
彰は嘆息した。
――こういうの、何て言うんだっけ……。ああ、そうそう、だめんず・うぉーかーとか言うんだ。
でも彼の場合は、付き合うまで至っていないから、『うぉーく』もしていないんじゃないか、と彰は心の中でやや辛辣なツッコミをする。
昴太はぶちまけるだけぶちまけると、電池が切れたように眠ってしまった。勝手に身分証を見て家へ送ることも考えたが、面倒だ。彰はそのホテルに部屋を取ることにした。シングルもツインも空いていたが、敢えてダブルで。昴太には内緒だ。
目を覚ました昴太は、笑えるほどうろたえた。水を口移しで飲ませたこと、部屋がダブルであること、そして極めつけは、彰の告白。
「昴太。君が好きだよ」
真剣に瞳を見つめて、告げる。かつてこんなに大真面目で愛の言葉を口にしたことがあるだろうか、と彰は過去を振り返る。彰にとって、これまで恋愛はレジャーのようなものだった。好きだの愛してるだのという言葉は、ベッドの中でのBGMくらいにしか捉えていなかった。
昴太は彰の告白に、戸惑ったような表情を浮かべた。いっそこのまま押し倒してしまおうか、という物騒な考えも脳裏をよぎる。体格も体力も、雲泥の差だ。彼は酒も入っているし、彰が本気になれば抵抗はできないだろう。おまけに、今は精神的にも混乱している。
いや、やはりそんなことは止そう、と彰は自らを戒めた。それでは、文月九段と同じになってしまうことに気づいたのだ。あんな下種男と同類にはなりたくない。自分は、もっとスマートに昴太を手に入れてみせる。
とはいえせっかくのダブルだ、ただ隣で寝るだけではつまらない。わざと身体を密着させれば、昴太はまたしてもパニックになった。それでも疲れていたのか、しばらくすると彼は寝息を立て始めた。
昴太の寝顔は可愛らしかった。もともと童顔だが、瞼を閉じているとさらに幼く見える。ゆるくウェーブした前髪を弄べば、眠っていても何となく分かるのか、やや不快そうに眉間にしわが寄る。長い睫毛に触れれば、むにゃむにゃと寝言が聞こえた。
『欲しいと思ったら、どんな手段を使っても手に入れるんだよ』
ふと、彰の脳裏に、先日の遠坂白秋七冠の言葉が蘇った。
――彼なら、こんな絶好のチャンスは逃さないんだろうけど。
それでも自分は自分のやり方を通したいのだ、と彰は心の中で思う。
――七冠。せっかくのアドバイス、無視してごめんなさい。
せいぜい自分にできるのはこれくらいだ、と彰は眠っている昴太にそっと口づけたのだった。
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