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第九話
オメガ救済策が施行されてから、多くのオメガやその家族が申請をしに城を訪れるようになった。役人たちがせかせかと戸籍や数々の書類を確認しながら資格票を渡していく。王女ヒルデガルトはその様子を見にやって来た。
「おぉ!あれは王女殿下ではないか!」
「まあなんてお美しいのかしら……」
「ほら見ておきなさい。あのお方がこの国の姫君であらせられるのよ」
滅多に姿を見ることが叶わない王女の出現に民たちは騒然としながらもヒルデガルトに頭を垂れた。するとヒルデガルトは申請をしにやって来た民たちに近づいた。その事に民たちは狼狽えるばかりである。
ヒルデガルトは中でも小さな少年の元へ歩み寄り、自ら膝を床につけた。その所作を見た少年の母親と役人たちは大慌てだが、ヒルデガルトは何食わぬ顔をしている。
「こんにちは坊や。私はヒルデガルト。ヒルダと呼んでください」
少年に微笑みかけるヒルデガルト。そのあまりの美しさに少年は言葉が出ない。開いた口が塞がらないばかりである。
「ヒルダ……様?」
「殿下!我らのような下賤の者になどお気遣いなく……!」
少年の母親は土下座をし、額を床に擦り付ける。そんな母親の様子を見たヒルデガルトは、穏やかな微笑みを浮かべて母親の震える肩に手を添えた。
「下賤なんて言葉、使わないでください。皆、私が将来守るべき民なのですから……」
「あぁ……あぁ殿下!」
ありがとうございます、ありがとうございますと母親は泣きながら頭を下げ続けた。少年は母親がうら若い女性に向かって涙を流しているのを不思議そうに見つめていた。
「本当はオメガということを気にせずに生きていけることができれば良いのだけれど……。私が王位に就いたら、少しずつ変えていきますわね」
そこからヒルデガルトは民の一人ひとりに接して回った。制止しようとする役人もいたが、ヒルデガルトはそれを拒んだ。
「これは王女としての命令です。私を止めるのはおやめなさい」
その場にいた最も地位の高い者はヒルデガルトであった。ヒルデガルトが許可すれば民は許され、禁止すればいくらその場の管理者であっても許されなかった。
「王女様は本当に素敵な御方だわ……」
「陛下ももちろん素晴らしいが、きっと殿下がご即位されたら立派な女王になることだろうな」
ヒルデガルトの立ち振る舞いを見た民たちは若い王女に王国の明るい未来を見つめていた。
❋❋
「団長殿」
「!ヒルデガルト王女殿下……!」
廊下を歩いていたシリルはヒルデガルトに呼び止められて胸に片手を当て、片膝を床につけようとした。ヒルデガルトはそれを止める。
「立ったままで良いわ、気にしないで」
「は……、では立ったまま失礼致します」
ヒルデガルトはシリルを見つめるとニコリと微笑んだ。その微笑みの理由がわかるず、シリルは「如何されましたか?」と問いかけた。
「先程、救済策を受けたいと所望するオメガの人々の元へ訪れたの」
「何故そのことを私めに?」
「貴方が発案者なのでしょう?」
シリルはヒルデガルトの見透かしたような瞳にドキリとした。シリルは確かに宰相のサディアスに直談判をした。オメガの人々を何とか救えぬものかと。しかしをそれを知っている者は自分とサディアス以外いないはず。お触れは全て国王の名の元だからだ。今回のことも民は皆国王の発案だと思っていることだろう。だからヒルデガルトがこの事を知っているのはおかしいのだ。
「存じておられたのですね」
「父から聞いたの。騎士団長が良いアイデアを持ってきたと宰相殿が言っていたって」
「陛下から」
「多くの意見を取り入れ、民をより幸福に導くことが私のこれからの役目。最近はより実践的なものを父や宰相殿から教わっているわ」
「なるほどそれで」
納得したとシリルは頷いた。
「でも驚いたわ」
「何にでしょう」
「まさか宰相殿が人の意見を取り入れるだなんてね。余程貴方に感銘を受けたのね」
ヒルデガルトはにこやかに言った。しかしシリルは顔を強張らせたままだ。王女の御前だから……というわけでも無さそうな様子である。ヒルデガルトはそれを不思議に思った。
「どうなさったの団長殿。そんな怖い顔をされて」
「失礼しました王女殿下、お許しを」
「許すも何も、私は何も咎めていないわ」
おかしな人、とヒルデガルトは笑う。シリルは少し表情を変えようと思ったのか、僅かに表情が柔らかくなる。
「それでは失礼するわ。引き止めてごめんなさいね」
「いえ、殿下にお褒めの言葉をいただけるとは光栄でございます」
シリルが軽く会釈をすると、ヒルデガルトは一歩進んでシリルの真横に一瞬並んだ。そして耳元で囁く。
「宰相殿に何かされたなら、誰かに相談なさい」
過ぎ去っていくヒルデガルトを振り向いて視線で追いかける。ヒルデガルトは何も無かったかのように優雅に歩を進めていた。まるでさっきの言葉は幻聴だったかのようだ。
シリルは自分を抱きしめるように両手で自分の二の腕を掴んだ。
続く
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