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第八話
「オメガ……?」
「……そうだ」
「オメガって、あの、アルファとかベータとかの、オメガ、ですよね?」
「そうだ」
ポカンとしつつも質問をするカミールにシリルは同じ言葉を返す。カミールは乗り出すような姿勢から、先程まで座っていた椅子に戻ると「はぁ……」とため息を吐いた。
「どうした、やはり失望したか?」
ため息を吐くカミールの様子にシリルは少し胸が痛くなった。話すべきでは無かったのではないかと後悔がこみ上げてくる。
「いえ!そんなことは!……ただ、少し驚いただけで」
「ほう」
「団長は、ずっとアルファだろうと思っていたものですから」
人の上に立って圧倒的リーダーシップを発揮しているシリルの姿はまさにアルファそのものだった。指導者たる彼の振る舞いは堂々としていて素晴らしく、市井の出身とは思えないほどであったのだ。次第に人々はシリルをアルファの中のアルファだと思うようになっていった。カミールもその中の一人だった。
「俺はオメガなどという第二の性に縛られたくなどなかった。一生アルファから世話になるなど、嫌だったんだ」
そうしてシリルは、これまで激流にしていた栓を外したが如く喋り始めた。
❋❋
俺の両親はベータで、両親も俺がベータだと思っていた。けれど、六つのときに鑑定術士に鑑定してもらった結果オメガだということがわかった。両親は優しい人だったから、俺がオメガだとわかっても捨てたり、娼館に預けるようなことはしなかった。むしろ俺が良いアルファと番えるように奔走してくれた。俺が社会的に放逐されないように。そのことには感謝していたけど、まるで俺に生きる力が無いと言われているような気もしてしまったんだ。そんな事無いと思っていても、一度思い込んだものはそう簡単に拭えるものではなかった。
俺にできることは何なのか、ただアルファと番って子を産むことが俺の役目なのか、ずっとずっと考え続けていた。そして、『そんなのは嫌だ』という答えに辿り着いた。アルファに庇護され、その代償に子を成すことが嫌だと、気が付いたんだ。両親にそれを話すことは出来なかった。良い縁談を探してくれていたから、尚更だった。出来る事なら独り立ちしたい、とは伝えていたけれどな。
自分の誇りを貫きたいと思った俺は騎士の道を目指すことにした。もちろん、オメガということは隠した。見習い騎士から周囲に認めてもらうまでとても時間と精神力を要したが、アルファのモノになるより何倍もマシだった。その時俺はオメガではなく、一人の人間としての尊厳を持つことが出来ていたから。
そんな俺にも嫌な時期が来た。思春期になって、発情期が来るようになったんだ。君も知識として知っているかもしれないが、オメガとオメガの発情期にあてられたアルファが行為に及べば、たった一度で孕む。その頃ようやく見習い騎士から昇格されそうになっていただけに、発情期など迎えたくなかった。そこで君の推理通り、薬の出番だよ。発情抑制剤を摂取して、一ヶ月に一週間の発情期を押さえつけるようにしたんだ。だから俺は通常発情期を迎えるはずの十四から二十八の今まで、一度も発情したことはない。その代わり、薬を大量に飲まなければいけなくなってしまったがな。
❋❋
「これが、俺の語れる全てだ。満足してくれたか?」
シリルが語り終えると、カミールは俯いていた。前髪で顔が隠れており、その表情を垣間見ることはできない。大丈夫か?とシリルが問いかけようとした瞬間、カミールはシリルに抱きついた。カミールは泣いていた。
「すみません!すみません!こんなに重いことを話させてしまって……本当にすみません……!」
「謝るなブラウン。俺が話す気になったんだから気にしなくていいんだぞ」
「けど、けどっ……!」
「それにスッキリしたぞ。君に色々話して」
涙目でカミールはシリルの顔を見た。シリルはどこか憑き物が落ちたような表情をしていた。穏やかに、微笑んでいたのだ。
「ありがとう」
「い、いえっ……僕は、そ、そんな……!」
照れるカミールの頭にシリルはそっと手を乗せた。そのことにカミールはますます顔を赤くして、湯気まで見えてくるようだった。その様子にシリルはクスクスと笑う。
「ところで、君は俺のことが好き……なんだったよな?」
「は、はい!そうです!」
「では一つ約束してくれるか?」
「もちろん!」
自信満々に答えるカミールが、どうしてもシリルには可愛く見えてしまっていた。部下でもあるが、彼は年下の青年でもあるのだ。年少者を可愛がるのは当たり前の心理だろうが、シリルはそんな自分の心理に違和感を抱いていた。
「俺がオメガだということは、誰にも話さないでほしい」
「わ、わかりました!誰にも話しません!」
その理由くらいカミールにはすぐわかった。女遊びをする騎士が多々いるのだ。そんな連中がシリルをオメガだと知れば、シリルはたちまちそんな者たちの餌食になってしまうだろう。カミールがそれを望むはずがなかった。
「助かるよ、ブラウン」
「あの、じゃあ僕からも一つお願いが」
「?なんだ?」
「ブラウン、じゃなくてカミールって呼んでください」
少し恥ずかしそうにしながらも、カミールはそう言った。シリルはその照れた顔に少し胸を高鳴らせつつも、それに気付かないふりをした。
「わかった、これからは下の名前で呼ばせてもらうよ。……カミール」
こうしてシリルとカミールの距離は、この出来事を通して一気に縮んだのであった。
続く
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