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第七話

オーバードーズ。端的に言えば、薬の過剰摂取である。時に死を招くオーバードーズは、非常に危険な行為だ。シリルの顔色が一気に悪くなったのを見て、カミールは図星だと思った。 「団長が倒れていたところに、たくさんの紙袋に入った粉末が落ちていました。これは恐らく薬……そして団長は大量にこの薬を飲んでオーバードーズ状態になり、意識を失ってしまった。違いますか?」 「……」 シリルは顔を真っ青にしたまま、そっぽを向いて答えない。しかしこれでほぼ確実にシリルは薬を過剰摂取してしまったことは明らかになった。 「団長、教えて下さい。一体どんな病気を抱えているんですか!?」 病気、と聞いてシリルはキョトンとした。シリルが抱えているのは病気ではないからだ。真剣なカミールの眼差しに、シリルは思わず噴き出してしまった。 「なっ、何がおかしいんですか!?」 「あはは……いや失礼。俺は別になんの病気でも無いよ。だから大丈夫だ」 「ご病気じゃ、ない……?」 「あぁ。安心してくれブラウン。俺は病気じゃないからさ」 「けど、あれは間違いなくオーバードーズの症状のはず……」 カミールは食い下がる。もちろん、シリルを純粋に心配しているのもあるが、自分ですら知り得ない感情が芽生えているのは事実だった。その正体を探るためにも、カミールはシリルに言葉をかけ続けた。 「団長、僕、心配なんです。病気じゃないならそこは安心ですけど、オーバードーズに至るほど薬を飲まなきゃいけないなんて……どうして……」 「確かに、あれはオーバードーズだったのかもしれんな」 慣れた口調でシリルは言った。まるで薬の過剰摂取が日常と化しているような口ぶりだ。カミールはさらに心配になる。薬は過ぎれば毒となる。薬学を学んでいたカミールが最初に知ったのはそのことだった。 「だが心配いらない。もう慣れたものだからな」 「慣れちゃ駄目です!というか、慣れてないから意識を失ってしまったんじゃないんですか!?」  「ブラウン……何故そこまで俺の心配をする」 澄んだ瞳で問いかけられてカミールは言葉を詰まらせた。貴方は憧れの団長で、騎士団みんなの良き指導者で、国を守る最前線にいなければいけないお方、自分の体を大切になさってください。理由ならたくさんあったはずなのに、今の自分の気持ちに当てはまらなくて声にならなかった。 「何故っ、て……」 シリルが訝しげな目でこちらを見つめている。何か、何か言わなきゃ。心配するに相応しい、そして自分の気持ちにピッタリな理由を。 「あ……貴方が、好きなんです!」 口から出た言葉にカミールは自分でも驚いた。シリルもカミールの言葉に驚いたのか開いた口が塞がっていない。けれど一度言った以上引き返せない。もうどうでもいいやとカミールは必死に言葉を紡いだ。 「その、気持ち悪いと思われるかもしれないですけど、僕、貴方が好きなんです。はじめは騎士として慕っているだけだと、尊敬しているだけだと思っていました。でも違った!貴方を、好いているのです……!」 「俺、を……?」 戸惑いながら問いかけるシリルにカミールは頷いた。とんでもない事を告げたはずなのに、カミールはむしろ胸につっかえていた何かが外れたような気がした。冗談だろう?という返事を覚悟したが、シリルは考え込んでいる。 「……本気、なのか?」 「本気でなければこんなこと言えません」 カミールはシリルの手を握った。なんて冷たい手、とカミールは驚いた。この手を温めることができたら、それができるのが自分だったらどれほど幸福だろう。 「団長、お願いです教えて下さい。どうしてこんなに薬を飲んでいるのですか?」 カミールの視線は真っ直ぐで、シリルは逸らすことが出来なかった。カミールの想いは本物なのだと、シリルは感じていた。 だが。 「……君が俺を好いていようがそうじゃなかろうが、薬を飲んでいる理由は話せない」 「何故」 「俺は君が思っているより立派な人間では無いからだ」 シリルはそう言ったところで『しまった』と思った。弱いところを見せればきっとカミールはそんな自分を守ろうと必死になるだろう。けれど何故そんな予測ができたのかシリルにはわからなかった。 「団長……」 「だからどうか俺を心配するのは止してくれ」 「人には誰にだって弱さがあります。団長に弱さがあっても僕は構いません。気にしません。教えて下さい」 ズイ、とカミールはシリルに迫る。我ながら団長に無礼を働いているものだと思ったが、今更ながら止める気にはなれなかった。シリルへの思いが『好意』なのだと、気がついてしまったから。 「……俺は……」 「……!」 俯いたあと、シリルは再度カミールを見つめた。シリルの瞳はどこか臆しているようだった。戸惑い、傷つき、誰にも打ち明けられなかった事を、今、目の前の自分へ好意を寄せる相手へ本当に伝えられるのか。 「俺を好いていてくれるなら、本当の事を言っても失望しないでくれ」 「もちろんです」 シリルは一息ついてから、覚悟を決めて顔をしかめた。 「俺は、オメガなんだ」 続く

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