「これからは申請のあった全てのオメガの生活を国家が保障する事とする」 そんなお触れが出たのはバッカスの一味が大広間を襲った事件から一週間後のことだった。オメガの民たちは大層喜び、国王への忠誠を一際強くさせた。このお触れで多くの人々が救われると思うとカミールは安心することができた。しかし、気がかりなことが一つある。シリルのことだった。 政の才が皆無な国王がこれまで戦乱無く国を統治できているのは優秀な宰相サディアスのお陰である。これまでの政策のほとんどがサディアスのアイデアで、それを国王の名の元に発布していたという形だという事をカミールは小耳に挟んだことがあった。ならば今回のお触れもサディアスのアイデア……もう一つ遡ればシリルの意見になるのではないかと。そしてそれを実現させるために、シリルは『何か』をサディアスに差し出したはずなのである。地位か、名誉か、それとも財産か。考えられるものはいくつもあった。しかしサディアスはそれほど強欲な男では無いはず。何を欲しがるのか、カミールには見当もつかなかった。 見当がつかないならば直接聞くしかない。しかしそれを聞くことは盗み聞きしていたのは自分だと教えるようなものである。絶妙なところで誤魔化すことができたらと思っていたが、カミールは生真面目故に、誤魔化すことが苦手だった。 「参ったなぁ……」 訓練所の石段に腰をおろしてため息を吐く。けれど自分はどうしてこんなにシリルの心配をしているのだろう。シリルは立派な団長で、自分とは比べ物にならないほど出来た人間だ。まだまだ青二才の自分がそんなシリルの心配などおこがましい。そのはずなのに、こんなにも気になって仕方ないのは何故なのだろうか。カミールは自分の感情を整理できずにいた。 (わからない……どうしてこんなに団長の事が気になるのか……) きっとシリルを前にしても、うまく喋ることが出来ないだろう。緊張がどうしても前面に出てしまって頭が真っ白になる。そんなオチは見えている。 やはり今はやめておこうか。そう思ったところでその『今』がいつまで続くのか、とも思った。永遠のような今を続けていくのか。それではただの臆病者ではないか。 「……行ってみようか」 カミールはもう一度、シリルに会うことを決意した。 今日は休日。さすがのシリルも自室でのんびりと過ごしているはずだ。休日返上で鍛錬をしていたりすることがある人物だが、訓練所で姿を見なかったということは自室にいるはずである。 騎士団の宿舎棟に入り、団長室を探す。以前来たことがあるから何のそのだ。この角を曲がった先が団長室になる。どう話をしようか、そうカミールが思ったときだった。 「え……」 シリルが、自室のドアの前で気を失って倒れていた。 カミールは意識のないシリルに慌てて駆け寄り、体を揺すって名前を呼んだ。 「団長！団長！どうしたんですか！？シリル団長！！」 どれだけ大声を出しても、体を揺すっても、シリルは目を覚まさない。焦るカミールはシリルの近くに薄い紙に包まれた粉末がいくつか散らばっているのを見つけた。 「これは……」 「どうしましたか！」 運良く通りかかったのは、魔法医学官だった。意識のないシリルを助けられるのはこの人しかいないと思い、カミールは魔法医学官に頼み込むことにした。 「この人、騎士団の団長です。呼んでも返事がありません。どうか助けてください」 魔法医学官は頷くと、持っていた白い鞄から道具を広げ始めた。 ❋❋ 「……ここ、は……」 「団長！よかった、気が付いたんですね！」 うっすらと目を開いて周囲を確認するシリルにカミールは胸を撫でおろした。 魔法医学官はカミールと共に倒れたシリルを彼の私室のベッドへ運ぶと、何やら難しい術式を用いて処置を行った。かなり苦戦したようだったが、命に別状は無い程度までシリルを回復させた。あとは本人の体力が何とかするだろうと言って魔法医学官は介抱をカミールに任せた。カミールもまた、魔法医学官を志していた者だったからだ。 「……ブラウン、か」 「はい。団長、ご自分の部屋の前で倒れていたんですよ。魔法医学官の方が回復術式をかけてくださったのでもう大丈夫だとは思いますが」 「そうか……俺……そう、か……」 そうか、そうか、と繰り返すシリルにカミールは心配になった。ぼんやりとした様子がどうにもこうにも不安を掻き立ててならなかったのだ。 「団長、大丈夫ですか？まだ休まれた方が良いのでは……」 「あぁ、俺はもう大丈夫だ。心配いらない。いらぬ世話をかけたな」 シリルは頭を抱えながら仰向けの体勢から起き上がろうとする。しかしうまくいかず、体はベッドに崩れてしまった。 「！団長！」 「大丈夫だ。手を貸さなくても良い。心配いらない。軽く目眩がしただけだ」 シリルが何かを誤魔化そうとしているのは明らかだった。カミールは、既に一つの結論を見つけ出していた。難しい術式でないと回復できなかったこと、意識を失っていたこと、そして紙袋に入った粉末状の物体…… 「団長……オーバードーズなのではないですか？」 シリルの顔から赤色が、サァッと失せていった。 続く