6 / 10

第五話

カミールは先日の賊侵入騒ぎの理由を知って、驚きつつも納得していた。 「オメガの救済策……か」 ベータである自分とは無関係だと思っていた。しかしこの国にはアルファもオメガも混在して暮らしている。エリート気質のアルファが社会的に優先されてしまうのは、やはり国家の重要なポストをアルファが牛耳っているからだろうか。そうなれば、社会的弱者のオメガはさらに蔑ろにされるわけだ。賊のリーダーバッカスの弟がひどい境遇に置かれているという話は騎士団の中でも話題になっていた。 「弟は娼館行きにされてるんだってさ」 「可哀想になぁ、そりゃ陛下にちょっとでも解決策を出してほしいとも思うぜ」 「けど団長、バッカスに『そう思っているならそれ相応の地位になれ』とか言ったらしいじゃん?」 「団長も市井の人間だったって言うからなぁ。何の努力もしないで恩恵を受けようとしている奴は気に入らないんだろ」 「なるほどねぇ」 食堂で昼食を食べながら聞こえてくる会話にカミールは辟易していた。殆どの会話がこの話題でもちきり。ため息を吐くと、向かいの席でパンをかじっているケイトが「どしたんすか?」と声をかけてきた。 「……別に何も」 「隊長は嘘が下手っすねぇ。ため息吐くなんて疲れてる証拠っすよ」 「疲れてるわけじゃ」 「お悩みがあるとか?」 「僕らのような騎士が抱いちゃいけない悩みだからお前にも話さないよ」 ご馳走さま、とカミールは空っぽになった食器を載せたトレイを持ってテーブルから離れた。 騎士団は王国を守るために存在している組織だ。そして何よりも守らなければならないものは王家の人間の安全である。しかしバッカスが言ったという『王家の犬』という言葉を聞いてカミールは思い悩んでいた。自分たちの本当の役目は何なのか。自分の憧れはシリルだった。シリルのように強く高潔な騎士になりたくてこの道にやってきた。 だがシリルが『王家の犬』と渾名された事は、シリルに憧れている自分にもそのまま適用される。ここでの『犬』は忠義者として讃美されるような喩えではないことくらいカミールにはわかっていた。出来る事なら全ての民が幸せになれる世になってもらいたい。戦乱が無い世なのだから、それくらい出来るはずだ。 それが出来ないのか、はたまた『しない』のか……それによってカミールの中の国王への評価は変わってしまう。ではシリルはどう考えているのだろう。それが気になって、カミールはシリルの部屋へと向かった。 「団長?いらっしゃいますか?ブラウンです、カミール・ブラウン。お話したいことが……」 扉を叩くが返事はない。不思議に思って扉を開けようとしたが鍵がかかっている。どこかへ外出しているのだろうか。 「仕方がない、また今度にしよう」 悶々と考え続けているのも自分らしくない。カミールはそう思ってシリルの部屋の前をあとにしようとした。その時だった。 「宰相殿、うまくいかないのですか……!」 「そう言われましてもねぇ。オメガは多くの人々から忌まれている。そんな彼ら彼女らを厚遇する政策は打ち出しにくいのですよ……」 少し離れたところからシリルの声が聞こえた。誰かと話している。盗み聞きするのはよくないと思いつつ、カミールは耳をそばだてた。 「あの賊の言うとおり、我が国ではオメガが冷遇されている……マトモな職にも就けず、番を見つけられなければ発情期に弄ばれ続けるなど、あまりにも憐れではありませんか!」 「……なかなか、オメガに同情するのですね団長殿」 「当たり前だ。賊は狼藉を働いた愚か者だが、オメガは守るべき民の一人なのだ」 「……まあ、考えてやっても良いでしょう。その代わり……」 (その代わり、何なんだ?団長は何を要求されるんだ?) 話の続きが気になって仕方ない。早く、早く続きを!そう思っていたカミールだったが、思わぬところから邪魔が入った。 「おーい!隊長〜!どこっすかぁ〜!」 ケイトが大声を張り上げてカミールを探していたのだ。二人とこの近さで返事をしては絶対にここにいた事がバレる。ケイトの声を聞いて誰かがこの近くにいると察したのか、会話が進んでいない。 (ここは……引くしかないか……) カミールは仕方なく、足音を立てないよう、シリルとその会話相手から離れることにした。 ❋❋ 「……ふう、どうやらどこかへ行ったようですね」 サディアスは軽く冷や汗をかきながら息を吐いた。 「すみません、恐らくうちの団員が……」 「いえ仕方がありませんよ、きっと貴方に用があったんでしょうね」 「それで、その代わり……何なのでしょうか?」 サディアスの目がシリルを捉えて怪しく光る。その眼光に思わずシリルは後退りした。このおれが、と思っているとサディアスは壁際にシリルを追い詰め、両腕で逃げ場を塞いだ。 「代わりに、貴方を……」 耳元で囁いたサディアスの言葉にシリルは真っ青になった。 続く

ともだちにシェアしよう!