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第四話
今日はヒルデガルト王女の誕生記念舞踏会だ。国内の貴族や諸外国の要人らが招かれ、王城中の使用人たちはせかせかと大広間を歩き回っていた。華やかな大広間とは正反対に、騎士団の面々は暗い廊下や庭に散らばっていた。カミールは第六部隊の部隊長として大広間から見て西側の廊下の警備に当たっている。怪しい物音がしないか、見慣れない人影は無いか。全神経を研ぎ澄ませ、五感を集中させる。
「あーあ、暇っすねぇ、隊長殿ー」
「こら、しっかり仕事をしろブランドン。いつ何が起こるかわからないんだぞ」
「だって、国王陛下は立派な御方だし、ヒルデガルト王女殿下も次代の王として文句無しだし、そんなお二人を民が狙うとは思えませんよー」
「だからこそだ。立派な人物ほど、そうでない連中は排除しようとする」
ケイト・ブランドンは第六部隊の隊員の一人だ。カミールと年が近く、それゆえ話す時はかなりラフだ。もっとも、カミールがあまり下の者に対して上官であることを強調しないせいというのもあるが。
「なんか話してないとつまんないっすよー」
「仕事につまらないも何もあるもんか」
カミールがそう釘を刺すと、ケイトはチェッと舌を打った。我らが隊長殿はお堅いったらありゃしないと退屈そうだ。それでもカミールがケイトを強く叱らないのは、ケイトがまだマシな部類に入るからだ。それに実力もある。ここ最近の騎士団内は、圧倒的カリスマ性を誇るシリルの元にあっても気が緩んでいるのは事実だった。戦が無いと平和ボケしてしまうのは幸せではあるが恐れを失うことになるのは仕方ないことだった。
「俺たちに比べて、団長は羨ましいっすねぇ。パーティー会場に行けて」
「団長というご立場だから仕方無いんだよ。あそこまで登り詰めると、ああいう人達との付き合いだって必要になってくる訳だし……それが団長の今日の仕事だし……」
「団長、顔がいいからなぁ。貴族の女の子なんか選り取り見取りでしょうねぇ」
「もう!だから……」
と言いかけた時だった。
「賊だー!賊が出たぞー!」
一つ向こうのドアの方から叫び声が聞こえた。やっぱり雑談なんかするんじゃなかったとカミールは後悔した。賊が出た。その言葉に思わず足が動きそうなる。けれど、シリルからの命令を思い出すとそうもいかなかった。
『いいか?たとえ賊や侵入者があったと他の部隊の者が声を上げても、自分たちの持ち場から動いてはいけない。空白になったところから奴らは侵入してくる』
「僕らはここで、目の前で起きたことに対処するんだ。それが団長のご命令だ」
❋❋
「賊だぁ!バッカスの一味だぁ!」
盗賊の侵入に大広間は阿鼻叫喚の大騒ぎになった。貴婦人たちは気を失い、彼女らの夫たちは介抱に追われる。大広間にいた兵士たちがゾロゾロと集まり、槍を構えて囲み込もうとする……が、うまくいかない。賊たちは散らばって兵士たちの妨害をしているのだ。賊のリーダーである荒くれ者のバッカスは斧を巧みに使いこなし、威嚇をしながら国王とヒルデガルトの元へ向かっていく。国王の席の横に付いていた兵士が剣を構えるが、それすらバッカスの斧に吹き飛ばされていく。
「へっへっへ……やぁっとお目にかかれましたな国王陛下……」
下卑た笑いを浮かべてバッカスは国王を見下ろした。今日の主役であるヒルデガルトが立ち上がり、父である国王を守るようにバッカスの前に立ちはだかった。
「この無礼者!我が父に何用か!」
ヒルデガルトの眼光は強いが、バッカスを立ち退かせることはできなかった。
「退きなお嬢ちゃん。俺ぁ綺麗な女の子には手を上げたくねぇんだよ」
「手を上げられることなど恐れたりせぬ!我が父に何用かと申しているのだ!」
「やめなさいヒルダ。この者は儂に用があるのだ」
「しかしこのような狼藉……!」
「ヒルダ」
国王の強い口調に、さすがのヒルデガルトも従わざるを得なかった。ヒルデガルトは不本意ながらも自分が座っていた椅子に戻った。
「して……バッカスと言ったか。何用だ?」
「ケッ、すっとぼけやがってこのジジイが。俺の目的はただ一つ」
大きな斧を国王に突きつけながらバッカスはそう言った。ヒルデガルトは気が気じゃない。そこへシリルが人波を掻き分けてバッカスの元へ辿り着いた。騎士道には反するが、バッカスを背後から攻撃できるよう剣は既に抜かれていた。
「陛下への何という不敬。許されることではないぞ」
「オメガの救済策を取れ」
シリルの言葉を無視して、バッカスはそう言った。バッカスの言葉にシリルは思わず剣を握る手が緩む。
「アルファたる国王陛下はわかってねぇと思うがな、だが王である以上民の声を聴くのが義務だろう!俺の弟はオメガだった。可哀想な弟はマトモな職にも就けず、娼館で毎日貪られてばかりの日々だ!しかも低賃金でな!お前がオメガへの救済策を取れば弟は……あんな目に遭わずに済んでるんだ!」
そうだそうだ!とあちこちの賊たちが声を上げる。どうやらこの盗賊団、身内にオメガがいる者ばかりらしい。
「おれの妹は誘拐されて行方不明だ!」
「うちの姉ちゃんもだ!」
「兄貴だって!」
バッカスは振り返るとシリルを睨み付けた。
「お前、騎士団の人間か?笑わせるぜ。ただの王家の犬じゃねぇか。国王に尻尾振って取り入って、苦しむ民のことは丸無視かよ」
「黙れ。意見があるならばこんな狼藉を働かなくても良かろう」
「俺たちみてぇな下級国民の意見なんて誰が聞いてくれるんだよ。そのブローチ……騎士団長か?お前みたいな恵まれた奴に何が……」
バッカスが言い終わらぬ内にシリルが剣で一閃していた。頑丈なはずのバッカスの斧が見事に真っ二つに斬られてしまっていた。その事実にバッカスは青くなる。
「私は恵まれてなどいない。自らの力でここまで来たのだ。お前も何か言いたいことがあるなら、そして賊をまとめ上げる力があるなら成り上がってみせろ」
「っ……!」
「賊どもを捕らえろ!」
シリルの指示により、狼狽えていた兵士たちは落ち着きを取り戻し、一気に賊たちを縄にかけていった。シリルは捕縛され、牢に連れて行かれるバッカスを憐れな目で見つめた。
続く
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