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第三話

サディアス・クローサードは優れた宰相である。年功序列がまかり通る政界に彗星のごとく現れた若者だった彼は、統一戦争後各部族との調整役を買って出た男だ。そんな若い者に出来るはずがないと当時の老齢の政治家たちは嗤ったが、サディアスは次々と部族長たちを説得していった。その功績を認められ、サディアスはトントン拍子に出世し、ついには最年少三十ニ歳で宰相の座に就いた。国王から並々ならぬ信頼を得ていた彼は宰相となってからもあらゆる事業や計画において重要な役目を果たし、時に「王は宰相の傀儡」とまで言われるようになったという。実際、国王は戦上手であったが政務は何人もの大臣に支えられながらようやっと行ってきた。それがサディアスという優れた人材によって一人で、しかも数人の大臣の能力を遥かに上回る能力で行えるのだから重用されるわけである。そんなサディアスが優秀だったのは、アルファとして生まれたからだったということは言うまでもない。 宰相としては優秀なサディアスだったが、アルファの男としては非常に最低な人間であった。彼は宰相として権力を得ると、王国内でも希少種であるオメガを、それも見目麗しい者であれば男も女も関係なく集めさせ、自分だけのハーレムを作り上げた。しかしサディアスは何人も何人もオメガを集めても満足する事はなく、抱くのに飽きたオメガは捨てていたのである。王国宰相の元というよっぽどの事が無い限り絶対的な庇護を受けられる環境にいられることは、社会的弱者であるオメガにとってこの上ない幸運なことだった。しかし捨てられてしまったオメガは哀れなことに、宰相がハーレムを作っているという事実を知られぬよう口封じとして闇に葬られるか娼館送りになるかの二つに一つであった。もちろん、これらの事実はサディアスの権限によってもみ消されていったわけである。 サディアスのハーレムにサディアスの番はいなかった。番を作れば一生その番と共に生きなければならないからである。サディアスがハーレムを作ったのは一生を過ごしても良いと思えるオメガを探すためだった。しかし、ハーレムを作ってからこの二十年、サディアスに番はいない。じき五十三を迎えるサディアスは未婚でもある。次世代に子を残すには年を取りすぎたような気もするが、今でもサディアスはハーレムに通い、理想のオメガを探している。 かつて政界に入ったばかりの頃、端麗だった容姿の面影を残しながら、サディアスは年を取った。このままでは理想のオメガに会えずに死ぬことになる。そんなことは御免だと、サディアスは私兵を使ってオメガを徹底的に探すように命じてた。 「宰相閣下」 ドアをノックする音と共に、低い男の声が聞こえてきた。執務室で仕事をしていたサディアスはペンを走らせるのを止める。 「なんでしょうか」 「国王陛下がお呼びでございます。直ちにいらっしゃってくださいませ」 「承知いたしました。今参ります」 国王から呼び出しがあるとは珍しいものだ。もしやハーレムの事が耳に入ったかと思ったが、それは無い。ハーレムはサディアスの別宅の地下に置かれており、そこには私兵や諜報員が警備に当たっているからだ。いくら国王と言えどもそこまでの情報が出回るはずはない。国王の側近に連れられて、サディアスは国王の私室へと案内される。私室への案内ということは仕事絡みの話ではないはずだ。 「陛下、クローサード宰相をお連れしました」 「うむ、入りたまえ」 「失礼致します」 側近がドアを開けると、サディアスは国王の私室に足を入れた。かれこれ国王とは二十年の付き合いになるが、お互いに随分老けたものだと思う。国王に王子はおらず、今年十六になる王女がいた。王女は大変立派な人物で、国王は王女に帝王学を教えるように命じていたとかどうとか。仮に国王が亡くなれば、自分の主人は今の王女となる。 「陛下、私めに何か御用でございましょうか」 椅子に座る国王に向かってサディアスは片膝を床につけ、胸に手を当てて頭を垂れた。忠誠を示す体勢である。 「うむ……面を上げいサディアスよ」 「はっ」 「用というのはだな、その、お前さんの伴侶のことなのだが……」 「はぁ、伴侶でございますか」 「そうじゃ。お前さんは優秀な宰相だ。お前さんの跡継ぎがおらんのは儂としても、娘のヒルデガルトにしても心配なのだよ」 「無礼を承知で申し上げますが陛下、私めは宰相という役職は優秀な人物が就くことが大切だと思っておりまする。王家のように世襲制である必要は無いと思いますが」 「やはりお前さんは優秀な人物だ」 「陛下の御意向の賜物にございます」 「そんなに妻を娶るのが嫌なのか?」 「いえ……自分はアルファですので、妻よりも番を必要としているのです」 サディアスの言葉に国王は目を丸くしたあと、納得したように数回首を縦に振った。 「そうかそうか、お前さんはアルファだったか」 「はい。ですので、番選びは慎重に行っているのです。陛下のご心労を賜われたこと、誠に申し訳なく思います」 「いや、良いのだ。こちらこそ私事に首を突っ込んですまなかったのう」 「御用は、それだけでございましょうか?」 「あぁそうだ。もう良い、下がりなさいサディアス」 「はっ、失礼致します」 サディアスは頭を下げてから国王の私室から出ていった。するとそこには王女ヒルデガルトが立っていた。ヒルデガルトは類稀なる美しさだ。その上武術にも優れ、帝王学を叩き込まれた、王となるべくして生まれた娘だった。すぐさまサディアスは先程国王の前でとった体勢と同じものをとる。 「これは王女殿下、何か私めに御用でございましょうか」 「父が余計な申し出をしたみたいね。ごめんなさい」 「こちらこそ。陛下と殿下にいらぬ心配をさせてしまっている私めが悪いのです」 「父は私が貴方の跡継ぎを心配してるって言ったでしょう?」 「そう伺いましたが」 ヒルデガルトは何か言いたげな表情をしていた。人形のように作り込まれた造形美の顔がしかめられると、言い表せぬ恐れが込み上げてくる。 「いえ、何でもないわ。よい相手が見つかると良いわね、宰相殿」 ヒルデガルトはそれだけ言うと侍女を連れてどこかへ去っていった。ヒルデガルトは何かを知っている。国王の知り得ない、サディアスの何かを。しかし未だ王女である自分からは言えないことなのだ。 「これはいけませんねぇ……」 サディアスは一人呟いた。 続く

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