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第1話
人気の無くなった会社の中。営業の部屋にはまだ誰か残っているだろうけど、この部屋には江崎くん一人。ポツンと江崎くんのいる場所だけに灯りがついています。
江崎くんは入社3年目でちょっと甘ったれの性格のせいもあり、比較的職人気質の強い職場ではまだまだ新人扱い。最近やっとで小さな仕事から任せてもらえるようになったけれど、中々うまく仕事が回せずに今日も残業中。
そこにひょっこりやってきた先輩の森永さん。森永さんはガタイも良くて割と男前。江崎くんの12歳年上の中堅社員さんで江崎くんの事を何かと気にかけてくれる頼れる先輩。今日は午後から外出だったけど、戻って来たようです。
「おーい、今日もやってるか? 腹減っただろうからおやつに肉まん買ってきてやったぞ」
「わぁぁ、森永さんありがとうございます。腹ペコで死にそうでした!!」
森永さんの持ってきてくれた肉まんと緑茶の差し入れに飛びつく江崎くん。
「まだまだかかるのかよ?」
コクコク頷く江崎くんに、
「しょうがねぇなぁ……。見ててやるから、さっさと食って、さっさとやって終わらせろ!」
やっぱり優しい森永さん。更に甘える江崎くん。
「手伝ってくださいよ」
「ダメに決まってんだろ! テメーでやらなきゃ自分のモノになんねーよ。甘えてないでさっさとやれ!」
「ふぁい」
一喝されて、肉まんをくわえたまま仕様書の確認に戻る江崎くん。近くの椅子を並べて足を上げ、ソファの様に座ってジャンピを読む森永さん。
「わかんねーことあったら聞けよ」
「いいなぁ、ジャンピ」
「仕事が先! 後で貸してやるからさっとやる!」
なんて言ってる森永さんですが、実はジャンピは江崎くんが買って職場に置いてあるのを読んでるだけで、普段は買いません。内緒ですが、江崎くんのために買ってきたのです。
「ほらそこ、汚れ! 全部ダメにする気かよ。気を付けろよ」
「はいっ。すみませんっっ」
江崎くん、気持ちを入れ替えて仕事に戻ります。
「やーっとで終わったな」
やれやれ、と椅子から立ち上がる森永さん。
「はい、終わりましたぁぁ」
途中叱られながらもなんとか仕事を終えた江崎くん。さすがにちょっとお疲れのよう。
「一服してくる間に片付け終わらせろよ」
そう言いおいて、森永さんは屋外の喫煙所に向かいます。もう、時計は9時過ぎ。肉まんだけでは満たされなかった江崎くんのお腹は、もう背中とくっつきそう。一刻も早くご飯が食べたくて急いで片付けをします。
さあ帰れるぞ、というタイミングで森永さんが戻ってきます。
「腹へってるだろ。なんか食って帰るか?」
そう聞かれましたが、店で食べてしまうと帰るのが億劫になってしまいそうで、森永さんにそう伝えます。
すると、
「じゃ、俺のとこ泊っていいよ。明日休みだし」
と森永さん。
「いいっすか!? やった!」
反射的に答えてから、江崎くんの頭の中にあることがふっとよぎりました。
実は一か月程前の仕事帰り、飲み会で酒に酔っての帰り際、森永さんとキスしてしまったのです。しかも、いわゆるベロチューです。二人とも酔っていたので、江崎くんの中では『酒のせい』という事で無かった事にしていますが、森永さんの積極的なベロチューに翻弄されて、舌が痺れたのをずっと忘れられずに居ます。それはもう、思わずオナニーのネタにしてしまう位、官能的な舌使いでした。
江崎くんは『あの時は二人とも酔ってたしその後の森永さんも普通だからあんなこともうないはず』と、森永さんのお家に泊ることにしました。
しかし、実はゲイのさんは違います。
ずっと江崎くんを可愛いと思っていた森永さん。それでも職場の人に手を出すのは憚られて我慢していたのですが、江崎くんはそんな事つゆ知らず「お前、俺を翻弄して遊んでやがるのか!?」という位森永さんに懐いてしまいしました。しかもやや甘えん坊の江崎くんはベタベタペタペタ……手を掴んだり、背中にくっついたり……「もしかして、脈があるのか……?」と森永さんが考えてしまう程にスキンシップしてきます。
江崎くんは何も考えてないのですが、人は自分に都合の良い事は信じたくなるもの。森永さんは「もしかしたら……」の期待が捨てきれません。
そこで一か月前、別れ際の人気のない道の隅、街頭の灯りを避けた街路樹の陰で、酒の力を借りて『チュッ』っと軽くキスをしてしまったのです。同じ職場の後輩です。もしかしたら明日から避けられるかも、最悪仕事を辞めなきゃいけないかも……そんな事まで考えて、それでも我慢できずに賭けたキスでした。
しかし、酔っぱらいの江崎くん。少々おバカの江崎くん。
何も考えずに受け入れます。受け入れるどころか、久々のキスに嬉しくなって森永さんの服を掴み引き寄せてしまいました。そんな事されてしまっては、さすがの森永さんも我慢できません。つい濃厚な本気ベロチューまで致してしまったのです。
「いけるのかも」と期待しましたが、でもそこは慎重な森永さん。酒のせいかもしれないので、様子を見る事にしました。
今まで何度もノンケに恋して、期待しては失恋を繰り返しています。恋人もいましたが、元々ゲイと言う人としか付き合ったことはありません。わかってるんです。自分の容姿は、ゲイや厳ついのが好みの女性には好かれても、普通の男性に性的に好かれるものではないんです。
なのにおバカさんの江崎くんてば、完全に無かった事として警戒も意識もせずに、森永さんに接します。
今も、「早く行きましょう!」なんて腕を組んできます。それが無意識なら、ちょっとやりすぎじゃないですかね! お泊まりもOKだし、やっぱり期待してもいいんだろうか? と森永さんは悶々……。ダメだろうって経験ではわかってるんですが、浮つく気持ちは止められません。仕方ないと思います。
店で食事をとるつもりが「折角泊まるなら家でゆっくりしてもいいですか?」なんて江崎くんが言い出して、結局牛丼と酒を買い込んで森永さんの家に向かいます。
「家呑み久々だなぁ。潰れるまで飲んでもいいですか?」
森永さんの葛藤なんて知らずに江崎くんは煽りたい放題。
「しょうがねぇなぁ。介抱はしねぇからな」
なんて平気ぶっていますが、三十路彼氏なし心はピュアなゲイの森永さんはグラグラです。心の中では色んな介抱が駆け巡ります。仕方ないと思います。
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