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サプライズ2

★ 「よし、今から出かけるぞ」  ユキが突然、そんなことを言い出した。 「ん、いいけど今日は用事ないのか?」  ユキの奇行が五日続いた後で、そろそろ家にいないのに慣れてきた頃でもあった。 「あれは昨日で終わり」 「あ、そう」  ニッと口角を上げて笑うユキに、俺はちょっと素っ気ない返事をする。 「寂しかった?」 「いや」 「ウソ」 「ウソだよ!」  可愛げのない俺。まあ、男に可愛げもクソもないけど。 「ごめんな。今日はとことん甘やかしてやるから」 「甘やかさない方がいい」 「変態」 「うるせぇ」  なんて、本当は飛び上がりそうなほど嬉しかったけど、いつものように素っ気なく言って出かける準備に取り掛かる。  っても、服を着て財布とスマホをデニムのポケットに突っ込むくらいだ。男同士付き合うと思うけど、女の準備は長いから面倒だ。一番無駄なのは、相手の男に選ばせようとする女。ワンピースがいい?スカートがいい?とか、どっちも一緒だろ。 「で?どこ行くんだよ?」  外に出ると、冷たい風が服の隙間へ侵入しようと吹き付け、俺はブルッとひとつ身震いをしてから、マフラーを口元まで引き上げた。 「水族館」 「は?」 「お魚がいっぱいいるんだぜ?」 「知ってるよ!」  そんなにニコニコして言わんでも!と思う。 「デートだよ、デート」 「ホントかよ」  デートって、前みたいに何か企んでるんじゃないかと疑ってしまう。ニコニコご機嫌のユキほど怖いものはない。 「まあいいから、行こうぜ」 「……おう」  不信感を拭いきれない俺の手を握って、ユキは鼻歌でも歌い出しそうな感じで歩き出した。 ★  電車を乗り継いで、昼過ぎに目的の水族館へ着いた。港のある観光地の、大きな四角い建物が目の前に見える。  海風の磯臭さとか、いつぶりに嗅いだかなと思いつつ、ユキに手を引かれるままに足を進め、平日の昼間でも割と賑わう屋内へ入った。 「はいこれ」  暖房の効いた受付で、ユキが相変わらずニコニコしながら差し出してきた手には、水族館の前売り入場券が握られている。 「おわ、お前いつのまに用意したんだよ?」 「昨日買っといた」 「準備良すぎて引くんですが」 「デートだから当然だろ」  背中を押されるようにしてゲートを通り、順路にそって歩く。  家族連れやカップルに混じる俺たちは、男同士でなんか変な感じだろうけど、大小様々な水槽に夢中の他の客は、手を繋いで歩く俺たちに見向きもしない。  明るくなったり、薄暗くなったりする照明のお陰もあるかもしれない。 「そういやなんで水族館?」  カラフルな熱帯魚がイソギンチャクの間に隠れている水槽の前で、なんとなく聞いてみた。 「オレたちに馴染みのないところに行きたかったから」 「はあ?」  そりゃ、水族館なんて今までに一、二回しか来たことはないし、今まで特に興味もなかった。それでいうと、俺には別に行きたいところなんて無いし、だから別に、どこに行こうがどうでもいいんだが。 「出会ったのはいつものパチ屋だったけどさ、マキと付き合ってから、色々出かけたりするようになったなと思う。そうやって、今まで行ったことないようなとこに一緒に行ったらさ、お前といる時間を、強く記憶して置けると思ってな」 「なんだよそれ」  まあ確かに、コイツと水族館行った、とか絶対に忘れねぇ。俺たちには似合わねぇよ、水族館なんて。 「次は動物園」 「臭いからイヤだ」 「その次は遊園地」 「絶叫系は乗らないぜ」 「意外。屋根から飛び降りるのはできるのに」 「それとこれとは別」  話ながら、ユキはやっぱりニコニコしていて、俺はそれを人事のように、楽しそうだなと思って見ていた。  でも、ふと水槽に写った自分の顔も、ユキと同じくらい笑っていて、なんだ同じ顔してんじゃんと気付くと、このユキの提案するデートも悪くないと思えてくる。  デートってなんだよ?とか言ってたのに、俺たちはいつのまにか、その楽しみ方を理解していた。要するに、二人で行くところはどこだって楽しいってことだ。  結局俺たちは、なんだかよくわからない海の生物が、本能のままに水の中を漂ったりしているのを見て、大いに楽しんだ。  水族館を出る頃には、サメがどうだとかカニがどうだとか言いながらその辺のガキみたいに感想を言い合っていた。  その後はまた、ユキに手を引かれるままに(いつも引っ張られてる気がする)街を歩き、夕食は予約しているというレストランへ向かった。  ユキの予約したレストランは、オヤジの遺産で生きてる俺らにはちょっと高い店だった。俺は入り口で正直戸惑って、そんで入るのも躊躇った。 「マキ、実はさ」  そんな俺に、ユキは照れ臭そうに言った。 「最近出掛けてたの、バイトしてたんだよ」 「バイト…?お前が?」 「マキの今の顔引っ叩きたい」  信じられなすぎてそれが顔に出ていたようだ。俺、正直だから。 「な、なんで?どうしたんだよ?お前やっぱ今日おかしいぜ?」 「おかしいのはマキのほうだって…ともかくさ、今日は全部オレの奢りだから」  俺がおかしいってなんだ?突然バイトしたり、水族館行くとか言い出したり、レストラン予約したりするユキの方が断然おかしいだろ…… 「マキ!アホなんだからもう考えるな」 「お前よりマシだっつの!」  お互いの頭を叩き合いながら、まあいいや、とユキの言葉に甘えることにする。だって一度言い出したら聞かないし。 「んで、何食わしてくれんの?」  案内された二人がけのテーブルで、白いテーブルクロスを挟んで向かい合う。 「…正直、オレにはマキの細かい好みはわからん。だから、コース料理を頼んである」 「なるほど。じゃあ今日は、オムライスと焼きそばの同居飯食わなくて済むわけだ」 「お前の好きなもん詰め込んだらああなったんだって。お弁当作れるヤツは天才だなと実感した」  ユキはやれやれと肩を竦める。  そんなユキに、思わずこみ上げてくるこのあったけぇ気持ちはなんて言うんだろう?  好きとか、愛してるとか。  そんな言葉だけでは言い表せない。胸が痛い。それも、とんでもなく苦しいくらいの痛さだ。  どれだけムチで叩かれても、ここまで痛くはない。  でもその痛さが、不思議と心地良い。  この痛みを感じているうちは、ユキは俺のもので、俺はユキのものなんだと、漠然とわかっている。変な感じだ。 「マキは口出すなよ。ワインも全部、ちゃんと頼んであるから」 「はいはい」  で、運ばれてきた料理は、王道のフランス料理で、料理ごとに厳選されたワインも申し分なかった。  何気に、俺の好みに合わせて、全体的に甘めのワインを選んでくれた事に気付いていたから、料理よりもそれが嬉しかった。  ユキは俺を、どんな小さなことでも把握して、そのうち全部を知られてしまうのだろうけど、今はそれを、怖いとは思わない。  食事の後は、夜の闇の中に浮かぶ港の灯りを見つつ、電車を乗り継いで帰宅した。  デートらしいデートは二度目だが、今回は上手くいったんだと思う。  その証拠に、アパートへ帰宅してすぐ、俺もユキも人並みの幸せの集大成みたいに深く濃厚なキスをして、ガッツくみたいに情けない顔でお互いの顔を見た。ユキの顔は真っ赤で、多分俺も負けてないと思う。 「待って、マキ」 「なんだよ?どう考えてもヤる流れだろ……我慢できそうにないよ…」 「オレも我慢できない」  じゃあいいじゃん、とユキの首に手を伸ばすが、ユキはそれをかわして、ニッとイタズラっ子みたいに笑った。 「今日はまだ終わりじゃないんだ」 「はあ?まあ、確かにあと二時間くらいは今日だけど」  時計を見て屁理屈を言う俺を、ユキはびっくりするくらい軽々と持ち上げる。  所謂、お姫様抱っこというヤツだ。  ちなみに俺は、他人をお姫様抱っこしたことはないし、今後もする予定はない。 「なんだよ…ほんと今日どうしたんだよ?」  いよいよ訳がわからない。 「マキはアホだ」 「お前よりマシだ」 「でもオレは、今日が何の日か知ってる。だからマキよりは賢い」  ユキは俺をベッドにそっとおろして、台所へ向かった。冷蔵庫を開けて、大きな箱を取り出す。ユキが来てから、俺はすっかり自分で冷蔵庫を開けることも減ってしまって、まあ、それはユキが俺をペットみたいに世話するからなんだが。  ともかく、俺はそんなものが冷蔵庫に入っていることを知らなかった。 「なんこれ?」 「なんだと思う?」  ユキが箱をテーブルに置く。その片側を開けた。  甘い匂いがした。 「ケーキ?」 「そ。ホールケーキ」  箱から出てきたそれは、二人で食べるには少し大きいチョコレートのホールケーキだった。微妙に下手くそなクリームの塗り方が、逆にデザインなのかと思わせる。 「オレが作ったんだぜ。クッソ難しくてさ、麻奈ちゃんに教えてもらったり、エリカちゃんにコツ聞いたりしてさ」 「マジかよ…」 「今朝、朝早くに麻奈ちゃんに台所借りて、お前がグースカ寝てる間に冷蔵庫にしまったんだ」  ちょっとなんて言っていいかわかんない。思考が完全に停止する前に、聞いておかなければならない。 「なんで…ケーキ?」 「ほら、マキはやっぱりポンコツだ。今日なんの日か、マキだけがわかってないよ」  今日、なんの日…?  二月二十二日……って、そういや、 「……俺の誕生日だ」 「ポンコツ」  ユキが俺の正面に座って言った。呆れたような面白がるような笑みに見つめられて、ちょっと恥ずかしくなる。 「完全に忘れてた」  でも気付いた途端に理解した。ユキがバイトして金貯めて、デートしようと言ったのは、俺の誕生日を祝うためだ。  確かに、ここまでされて自分の誕生日を忘れているのだ、おかしいといわれても文句は言えない。  俺に気付かれないようにケーキまで用意して……  今、視界が歪んでユキの顔がよく見えないのがもどかしい。  でもそれは、隠しきれない感情をそのままユキに伝えているようなものだから、それはそれでいいのかもしれない。 「泣かないでよ、マキ」 「泣いてねぇよ…」  ユキの手が、いつもよ優しい気がする。頬に添えられた手が温かい。優しさを温度で感じる。  痛みでも、苦しさでもない。  長年俺はそれを、勘違いしていた。与えてもらえるものが全部幸せなんだと思っていた。 「ユキ…」  見つめた先の瞳も優しい。 「あとさ、本当はクリスマスのイルミネーションで渡そうと思ってたんだけど」 「アハハッ、まだなんかあんのかよ?もう胸がいっぱいだぜ」  これ以上は死にそうなのに。ユキはとことん、俺を追い詰めるのが上手い。 「お前に出会って、オレは本当に愛を知った。今までこんなに大切だと思った相手はいなかった。お前が死ぬのならオレも死ぬ。そう思えたのはマキだけだ」  ユキがポケットから取り出したのは、紺のビロードに覆われた小さな箱で、それを俺の手に押し付けた。  もうダメだ。俺は多分、近々心臓発作を起こして死ぬ。もともと不整脈持ち(裏設定)だから、多分、本当に死ぬ。  そんなことを考えながら、その小さな箱を開ける。シルバーの繊細なリングかあった。全く同じデザインのが、二つ。 「俺と結婚したいの?」 「年始に神様に誓ったんで」 「もう一生外れないなんてことないよな?」 「外したら殺すから」 「じゃあ、俺がこれを外せるのは、火葬される時だけだ」 「そう。マキが火葬される時は、オレも同じ墓に入るから」 「墓まで用意してんの?」 「それはこれから。マキの指に、これを嵌めてからにする」  ダメだ。  俺はコイツから、離れるなんてできそうにない。 「泣いてるの」 「泣いてねぇよ」 「愛してる」 「俺も、愛してるよ」  ユキが俺の左手の薬指にそのリングを嵌めてくれて、俺も同じようにした。  照れ臭くて、どうしようもない気持ちになる。  そんな気持ちをお互いに押し付け合うように、俺たちは、照れ臭くて恥ずかしい、でも最高のセックスをした。  その後食べたケーキは、まあまあな味だったけれど、俺は確かに幸せだった。  ふと思う。  ユキは俺に初めてをたくさんくれるけど、俺はユキに、なにかかえせているのだろうか?

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