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サプライズ1

★ 「じゃ、ちゃんとレンチンしてご飯食べろよ」  ユキがオカンみたいなことを言った。格好からして(ちゃんと服を着ている)出かけるようだ。  俺は二日酔いでグワングワンした頭を抱え、タバコの煙を眺め、その向こう、玄関で心配そうな顔をしているユキを見た。 「んー」 「顔洗えよ」 「ん」 「ヨダレのあとついてるぞ」 「ん…?」  慌てて洗面所に向かい鏡を見た。  付いてねぇじゃん!!  とかやってる間にユキは出かけて行った。  ……てか、ユキ、どこ行ったんだ?  思えば昨日も昼前にどこかへ出かけて行った。俺はその晩、エリカちゃんの手伝いだったから、泥酔して帰って即落ちして、朝起きたらいた。  で、さっきまた出て行った。  俺の人生は簡潔にできていた。  寝て起きて寝る。合間にタバコを吸って、それでまた日付が変わる。  なのに、ユキと出会ってからおかしくなった。  人を好きになるという感情が、どうしてこうも、日常生活に影響を及ぼすのか。  とにかく、いつもと違う行動をされると、とんでもなく気になってしまう。  どこ行ったんだ?何してんだろ?今何時?11時か。  もっかい寝て、起きてから考えよう。  気になってしまうといっても、その程度なんだよな、結局。  次に目を覚ましたのは、微妙に外が暗くなってからだった。  とりあえずシャワーを浴びて、濡れた髪もそのままにベランダでタバコを咥えていたら、隣のトモちゃんの部屋の電気が付いた。  俺はしめしめと思って、急いで冷蔵庫からユキの作った飯の入ったタッパーを二つ(昼と夜の分)と、アルコール度数の一番高い酒の瓶を持って部屋を出た。  隣の玄関扉は、やっぱり鍵がかかってなくて、俺はトモちゃんの部屋へ侵入を果たした。 「トモちゃん!呑もうぜ!」  ギョッとしたトモちゃん。でもすぐにジトっとした目で言った。 「不法侵入ですよ」 「鍵開いてたから」 「開いてても勝手に入ってはダメなんですよ…」 「でももう入っちゃったし、気にすんな」  はあ、と盛大なため息を吐いて、トモちゃんは俺を追い返すことを諦めた。はい俺の勝ち。  サンダル(冬でも近場にはサンダルで行く)を脱ぎ捨て、ほとんど自分ちと変わらない間取りの部屋へ上がり込み、持ってきたものをトモちゃんに渡す。  トモちゃんは不審気に眉根を寄せ、受け取ったタッパーのひとつを少し開けた。 「……もしかしなくてもユキさんの手料理ですか」 「そ。一緒に食おうぜ。味は相変わらずだけど」  ハッキリ言ってユキには料理の才能がない。もう、壊滅的と言っていい。  それでも食ってやってる俺は、相当に愛があると思う。 「温めますね」 「おう」  トモちゃんが小さなテーブルに紙皿と割り箸と、なんかお洒落なグラスを持ってきてくれるあいだ、俺はトモちゃんのベッドにゴロゴロ転がっていた。  ひとんちのベッドにゴロゴロしていると、俺はいつもそのベッドの持ち主がどんなセックスをするのかを考えてしまう。ヘンタイだから。  ちなみに、トモちゃんは多分童貞だから、リードしてくれないつまらないセックスになりそう。  などと考えながら言った。 「なんでグラスだけ高価なんだ?」  俺はそのグラスのロゴを見て、実家によくあるやつだと気付いた。一個ウン万する、バカみたいな値段のグラス。 「これって、そんなに高いんですか?」  トモちゃんは不思議そうに首を傾げた。知らんと使ってらっしゃるようで。 「ひとつでタバコが百個買える」 「自己中心的で分かり難い例えですね……悠哉先輩にもらったんですよ。なんでくれたのかはわからないんですけど」  本気で不思議そう(迷惑そう、かも)なトモちゃんは、そのグラスに俺が持ってきた酒を注いでくれた。トモちゃんのグラスには、すでに水が入った状態でテーブルに登場した。 「トモちゃんも呑もうぜ」 「呑みませんよ……この間みたいに、訳の分からない自分になるのが嫌なんで」 「多少訳わかんなくなった方が楽しいぜ」 「マキさんみたいな大人にはなりたくないんです」 「トモちゃんって俺にあたりキツくない?俺がそれでどんだけちんこ勃ちそうになるのかわかっててやってる?」 「知りませんよ!!!!」  これ以上言うと本気でキレられそう。まあ、どうでもいいけど。 「食べたら帰ってくださいね!」  と、怒鳴られつつ、俺はトモちゃんと夕食を開始した。  ユキの作った飯は、オムライスの横にハンバーグが乗っているのに、ご近所に焼きそばが引っ越してきたような驚くべきハイセンスなもので、まあ、いつものことだから俺は黙って箸をつける。  トモちゃんは何から手をつけようか(手をつけるべきなのか)迷ったように箸を伸ばしたり引っ込めたりしてから、焼きそばを少し皿に取った。 「こんなもの毎日食べてるんですか」 「おい、人の彼氏飯に文句を言うんじゃねぇよ……俺が一番言いたいのに黙ってんだから」 「言ってあげたほうがユキさんの為になるんじゃないでしょうか……」 「んなことしたら俺のケツの穴が使い物にならなくなるだろ」  それに腹に入れば同じだし。  あと、台所に立つユキの背中がカッコいいんだから言えねぇよ……  そんな感じで、食卓を沈黙が支配し始めた頃、部屋の呼び鈴が鳴った。 「誰?」 「知りませんよ…」  お疲れ気味のトモちゃんが玄関を開ける。 「お邪魔します」 「え?」  と、戸惑うトモちゃんの横をスルッと抜けて、悠哉が顔を出した。 「ウゲッ!お前何しに来たんだよ…」 「兄ちゃん!!会いたかった!!」 「俺は会いたくない」  パタパタと走り寄ってきたスーツ姿の(アニキの仕事の手伝いだったようだ)悠哉が、俺の腕にしがみついた。危うくグラスを落としかけ、慌ててテーブルに置く。  うんざりしたトモちゃんが、無表情で元いた俺の向かいに座った。 「何?浮気?ユキさんは?」  悠哉はテーブルに置かれた二つのタッパーを見て、眉を潜めながら聞いてくる。 「浮気じゃない。トモちゃんはタイプじゃない。ユキは出かけた」 「どこに?」 「知らん」  自分でもわかる。  今、俺はわかりやすく不貞腐れた言い方をした。  ユキに好きだとか、愛してるだとか、声に出して言ってしまってから、感情の波を抑えるのが難しくなった。  それはふとした時に顔を出し、なかなか引っ込んではくれない。 「兄ちゃん、なんか変わったね」  悠哉にそう言われるくらいには、(不本意だけど)俺は変わったんだと思う。 「そういえば、最近あまり暴れてないですね…何かあったんですか?」 「ずっと気になってたんだけど。恭兄ちゃんの仕事手伝ったり、急に辞めたり…今だから言えるけど、年越しの時の兄ちゃんとユキさん変だったよ」  あの辛くて暗い一ヶ月を、あんまり思い出したくはない。  言いたい事が言えない苦しさは、限界まで射精を我慢させられるのに似てる。吐き出せた瞬間は開放感やらなんやらで、スッキリするのも似てる。あとちょっと恥ずかしいのも。  そうやってくだらない例え話を持ち出さないといけないくらいに、俺はそれを思い出したくはない。  でも、この自覚して、決壊したダムみたいに溢れる気持ちを、誰かに話したいとも思う。  ……イヤダメだ。やっぱり恥ずかし過ぎて言えない。相手は年下の、性癖のヤバい弟と堅物な童貞(仮)だ。 「んま!大人には色々あんだよ」  ああ、酒がマズい。でもそのうち味もなにもわからなくなる。もう少しの辛抱だ。 「それよりさ」  俺は気不味くて話題を変えた。 「あの別荘で、あの状況で…ホントに何もなかったわけ?」  多分だけど、悠哉はトモちゃんをそれなりに気に入っている。だって貢物がエグい。  トモちゃんの部屋は変だ。おおよそ似つかわしくないブランド物の花瓶が置いてあったり(花はもちろん刺さってない)、左腕の時計は牧家愛用のブランドだったり、その他なんとなくここに似つかわしくない(なんせボロアパートなんで)物がちょいちょいある。  グラスといい、それらは悠哉からのプレゼントだろうとわかる。  気に入った相手にプレゼントを渡して好かれようという魂胆が丸見えだ。センスはともかく。  バカな弟。 「兄ちゃん…何を期待してるのかわからないけど、僕とトモちゃんには何もないよ」  ニッコリと笑顔を浮かべ、悠哉は俺のグラスを奪った。半分ほど入ったキツい酒を一息で飲み干す。キツッ、と一瞬顔を歪めた。  チラッとトモちゃんを見ると、こっちはこっちでよくわからん顔をしていて、どうしたもんかと思う。 「んでもさ、俺だったら一緒のベッドに寝てんのに、何もしないって考えられん」 「だよね、僕もそう思う」 「「え?」」  トモちゃんと同時に首を傾げてしまった。 「でも多分、トモちゃんには無理なんだよ。そういう事出来なさそうだもん。童貞っぽいし鈍感だし。それなのに、男相手なんてさらに無理だよね……僕だって兄ちゃんみたいなキスもできるのに」 「ちょっと待て!」  と、トモちゃんを見ると、今までに見た事がないくらい目を白黒させていた。 「え…?えっと…え?」  色々いいたいことはある。  とりあえず、 「兄ちゃんみたいなキスってなんだよ?」 「エロいヤツ」  いつのまにか今にも泣き出しそうな悠哉が、俺の服の裾を掴んで俯いた。  これはどうしたらいいんだろう?  帰りてぇ…… 「あの時、僕はちゃんとトモちゃんの服脱がして迫ったのに…」 「ちょっとまって?お前タチなの?」 「なのに全然見向きもしてくれないしすぐ寝ちゃうし。何してもいいよって言ったのに」 「あれ…?ネコなの?どっちなの?」  誰か俺の質問に答えろよ!! 「トモちゃんに勇気がないのはわかったから、色々とアピールしたのに」 「いや、せめてトモちゃんの好みのものあげろよ」 「無反応なクセに大学行かないの気にしてくれたりするの…苦しいんだけど……」  消えそうな声で言い切った弟と、未だに反応がないトモちゃん。その間で、どうしようと悩む俺。  こういう時はどうするべきなのか?  真剣にわからん。わからんけど、俺の思考はバカなので、導き出した答えもバカだった。  そうだ!!  勇気のないトモちゃんをその気にさせるために、悠哉の優秀な(エロい)姿を見せて焚きつけてやろう!!  なんて真剣に思った。なんせ牧家の血筋は性癖と同じくらい思考もぶっ飛んでるので。  俺はとりあえず悠哉の唇を自分の唇で塞いだ。とても冷静に。 「ん、ふ、ぁ…」  ちょっと深く舌を入れながら、弟の喘ぎ声を冷静に聞いていた。薄目を開けて、トロンと蕩けた弟の顔を見て、トモちゃんはやく!!と思った。  もちろん俺のちんこは弟になんてこれっぽっちも反応しない。  っていうか……うちの弟、キス慣れてね?上手くね?いつのまに? 「ん、はぁ…兄ちゃ…」  悠哉の両手が俺の頬に添えられる。  ウヒィィィイイ!!弟に喰われる!!  と、色々な何かに恐怖をなした時だった。 「先輩…ぼく童貞じゃありませんから」  と、トモちゃんが言った。 「「え?」」  今なんて?と、悠哉と同時にトモちゃんへ視線を向けた。 「先輩がずっと、ぼくのことからかってるんじゃないかと思っていたんです。だって、先輩いつも誰にでもニコニコ笑ってるから」  ふらりと立ち上がったトモちゃんの冷たい視線に、不本意だけど俺のちんこが反応した。 「でもそうじゃないんだって、今わかりました。そんなエロい顔、ぼく以外の前でしないでください」  あれ?トモちゃんが男らしいや……  トモちゃんがさっと寄ってきて、悠哉のワイシャツの襟首を掴む。グイッと強引に引き寄せ、悠哉の唇を塞いだ。  なんだよ…トモちゃんもやるときはやるじゃん。あと悠哉のニヤリと笑う顔が見えた気がしたけど、気のせいだよな?  とにかく、俺は今にもおっぱじめそうな雰囲気に、それはそれはたいそういたたまれなくなった。  ガチで服を脱ぎ始めた二人をしりめに(ガッツリ見てやろかとも思ったけど)、半分以上残った酒瓶だけ持って部屋を出た。  自室のいつもの場所に座る。  酒を瓶からそのまま胃に流し込み、思った。  寂しい。  ものすごく寂しかった。  他人のそういう雰囲気に当てられて、なんでユキは今俺のそばにいないんだろうと考えた。  今ものすごくヤりたい。  でもセックスがしたいんじゃない。  ユキに抱いて欲しい。  ユキは俺に、いつも沢山の初めてをくれる。  そうやって、誰か特定の相手にシテほしいなんて思ったの、ユキが初めてだった。

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