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加藤という男2
☆
「いい加減になさい。どこでもかしこでも、猿みたいに盛らないでください」
帰りの車内。
加藤が渾々と垂れ流す説教をBGMに、右から左に受け流していると、アパートに着いた。
「もー、うるさいなぁ加藤は」
「そう言いますが。あなたがばら撒いた空き瓶片付けたのは誰です?私です」
「俺がばら撒いたんじゃないし。ユキが急に手を離したから悪いのはユキ」
「そもそもあんなところでヤってる方が悪いと思います」
「それも急に盛り出したユキが悪い」
加藤のバーカ、と言って、マキは車から降りてさっさとアパートへ向かって行く。その後を慌てて追った。
「そもそもさぁ、ユキが悪いのにな」
「オレじゃなくてどこでもエロい顔してるお前が悪いんだよ」
「うるせぇなあもう!ユキまで俺を責めんのかよ…あれ、カギねぇや」
部屋の前まできたところで、マキが自分のデニムのポケットを叩きながら言った。
「加藤の車に置いてきたかな…ユキとって来て。まだいるっしょ」
「オレかよ…」
しゃあねぇなあ、と思いつつ、マキ様の命令に従う。
加藤の車は、アパートの入り口横にまだいた。近付いて行くと、スマホを操作していたようで、オレに気付いた加藤がそのスマホを助手席に放り投げた。
オレは遠慮なしに後部のドアを開けて言う。
「ワリィ、うちのアホが鍵無くしたみたいでさ。ちょい確認していい?」
「……どうぞ」
加藤は無愛想に答え、オレが座席の上や下を探し回るのを、見るともなく見ていた。
「あ、あったわ」
鍵はマキの座っていた座席とシートベルトを装着するとこの間に挟まっていた。わりとすぐ見つかってよかった。あのアホお仕置き決定と心に決めながら顔をあげる。
加藤のスマホが鳴った。
オレはその音に、無意識に視線を向けた。
で、思わず二度見した。
着信画面。修哉と表示されている。多分、すでに車が無かった時のためにかけたのだろう。
いや、それはいいんだけど。
「加藤って、見かけによらずヤバいヤツだったんだな」
加藤はバックミラー越しにもわかるくらい、真っ赤な顔をしていた。
「できれば、内密に……」
オレは加藤の赤い顔と、スマホの画面を交互に見た。
着信画面には、車のガラスに頭を押し付けて無防備な寝顔を晒すマキの横顔が映し出されていた。
「大胆な盗撮ですね加藤さん」
完全に尋問する警官の気分だ。ちょっと楽しい。
「マキが可愛いからって、やっていい事と悪い事がありますよ加藤さん。現行犯逮捕ですよ加藤さん」
「いや、現行犯ではないんですが」
そうなの?つか、現行犯ってどゆ意味だっけ?
「ともかく、事情をお教え願えますか加藤さん」
オレは後部座席に腰を下ろし、腕を組んで、ほら、言い訳してみろよ?という態度を全面に出した。
そんなオレに、でも加藤はひとつため息を吐いてから言った。
「可愛いものを愛でて何が悪い?」
「え?」
「こっちは二十年以上見て来たんだよ…産まれてすぐから知ってんだよ…可愛いに決まってんだろ畜生!!」
「……え?」
「んだよチクショーコノヤロー。会うの何年ぶりだと思ってんだよー。それなのにお前なんかと付き合ってる?許せねぇよチクショー金髪猿ヤロー」
バンバン車のハンドルを叩きながら、オレへの恨み言と、いかにマキが可愛いかを語る加藤。
「ちょ、あ、あれ?」
「黙れよお前だけいい思いしやがって…まあ、修哉にそんな気起こしたことないけど」
「ないんかい!」
「あれは鑑賞しているのが一番いい。わがまま聞いてやるのが至福だ」
「加藤さん、オレとはまた違う病にかかってんな」
完全に開き直った加藤が、今度は両手で顔を覆って言った。
「わかったんならもう帰れよコノヤロー。寒い中待たせてるなんてかわいそうだろ気付けよ」
「お、おう…あの、言わねぇから安心しろよ」
「好きにしろよチクショー」
ともかく、加藤のあの従順な態度やらの理由がわかってよかった。
あともうひとつわかったのは、マキの周りにいる人間は、大抵どっかおかしいということだ。
軽く鈍器で殴られたような衝撃を感じつつ車を降り、そのままアパートの部屋へ向かう。
マキは不機嫌な顔でドアの前にいた。
「遅えよ!!早く開けろよ、寒いっての!!」
「あ、ああ、ワリ」
鍵を差し込んで回し、ドアを開けると同時にスルッとオレの横を通り抜けて中へ入るマキ。まるで猫みたいだ。
「あのさ、加藤って、」
と、靴を脱ぎつつ言うと、マキはいつもの場所で膝を抱えて座り、タバコに火をつけていた。
「あっ、そうそう!加藤のヤツさぁ、アイツ絶対超能力者だぜ」
「はあ?」
急にどうした?とオレは首を傾げた。
「アイツさ、俺の欲しいものとかわかるみたいでさ。常に先回りして用意してんだよ、怖くね?どんだけわがまま言っても文句言わないくせに、たまに叱ったりすんのなんだよ?俺が叱られんのも好きなのわかってやってんだよ、超能力者だから。今日だってあんな路地、普通見つかんねぇよな?絶対超能力で頭ん中見られてんだよ…怖っ」
マキはたまにポンコツになるが、さすがに超能力とか言い出すと、もはやオレには救ってやれない。
というか、加藤のそれは超能力ではなく、愛だ。
「最初はさぁ、不気味すぎて疑ってたんだよ…カマかけたり、誘ってみたりしたんだけど…なんの反応もないからさぁ…やっぱただの超能力者なんだな、って最近思ってる。それかやっぱロボットなんかな。ユキはどう思う?」
「んー?」
ちょっと待て。今、聞き捨てならんこと言いやがった。
「誘ってみた?」
「あ」
ヤバっという顔で視線を彷徨わせるマキ。
「誘ってみたって言った?」
「い、言ってない…」
「ふーん」
オレはニッコリ笑って、とりあえずマキの咥えるタバコを取り上げる。
「お仕置きじゃゴラァ!!」
「ヤメ、ちょ、痛っ!顔ばっか殴るなって、DV!DV!」
顔面に平手を叩き込みながら、オレは思った。
こういうポンコツなマキは、確かにお世話してやりたくなるよな、と。
寿司美味かったし、今度オレのマキコレクションを差し入れしてやろうかな、なんて考えた。
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