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加藤という男1

☆  二月四日。  この日、マキのお気に入りの外国人であるデレクが帰国するため、マキがごめんなさいをしにデレクの宿泊しているホテルまで行った。  オレはもちろん同行を申し出て、愁傷な顔で事情を話してごめんなさいをするマキにムラッとしながらホテルを出た。  その後、マキの姉が働いている総合病院で、マキの指の診察があった。  最初は赤紫で腫れ上がっていたのに、一ヶ月経つと意外と見た目は元に戻った。  それまでにも週一で診察を受けていたようで、院内を迷いなく歩くマキについていって、整形・形成外科の待合でベンチに座ってから、オレは言った。 「なんでこの人ずっとついてくるんだよ?」 「あ?加藤?コイツロボットだから」 「は?」  オレはマキの真面目な顔にすっかり騙されて、ベンチの横に突っ立っている加藤の顔をマジマジと見た。  瞳の作りとか、肌の質感とか、人間そっくりだ。 「お前アホか?マジでロボットなわけねぇだろ」 「いや、内臓ブチまけるまでわかんねぇよ?ちょっとその辺にメスとか落ちてない?」 「ねぇよ!物騒なヤツだな!!」  そんな茶番を楽しんだところで、オレは真面目に聞いた。 「たしかお前のアニキの秘書だよな?」 「おう。無愛想な秘書だろ」 「さっきから本人の前でボロカス言うな…なんでまだ近くにいるんだよ?」 「病院通ってる間は送迎してくれるって。足ないと行かないのバレてら」 「ふーん。で、ヤッた?」 「ねぇよ!!」  おかしいな。マキの近くにいてムラムラしないヤツは不能だと思う。  しばらくして、マキの番が来た。診察室に呼ばれ、オレも一緒に中に入る。 「お、どうした?なんか晴れ晴れした顔してるけど」  診察室へ入るなり、白衣を着た男が言った。 「悩み事がなくなった」 「そうか、そりゃなにより」  どっかで聞いた声だな、と思って顔を見た。 「あれ、健一じゃね?」 「久しぶりだな、DV男」  健一はニヤッと変態的な笑みを浮かべた。 「DV男ってなんだよ?」  オレは不機嫌さを丸出しにして聞く。 「お前じゃねぇの?コイツの指折ったの」 「違う。できるならオレがやりたかったわ」 「なあマキ、こんなヤツやめといたほうがいい。次お前が骨折したら、俺は間違いなく警察に通報する」  それをマキが鼻で笑ってあしらった。 「手遅れだよ…もう俺コイツなしじゃ生きてけない」 「おいおい、それを洗脳されてるっていうだ。DV被害者の殆どが、自己肯定感を踏み潰されて、ソイツがいないと生きていけないって思い込まされてんだよ知ってるか?」  健一の言葉に、マキは可愛らしく首を傾げた。多分よくわかってない。たまにポンコツになるから。 「ヒデェこと言ってないでさっさと診察しろよ変態医師」 「変態ニートに言われなくても仕事はする」  そう言って健一が正面の丸椅子に座ったマキの手を、パソコンやら人体の一部の模型が飾られたデスクに乗せる。  包帯でグルグルにされた人差し指が出てきた。その指のしたから掌にかけて、スプーンのようなものが沿わせてある。 「動かせるか」 「ちょっとなら」  マキが無表情で指に力を入れる。ピクピクしながら、指が動く。 「まあ順調なんじゃね」 「ヤブかよ」 「だれかこの変態ニートを追い出してくれ」  オレは黙って壁を背にして腕を組んだ。 「レントゲン撮って終わりな。また来週来いよ」 「そんなに俺に会いたいのかよ?」  たまにマキはとてつもなくエロい顔をする。今まさにそれで、飲み屋のねぇちゃんの、「えー、もう帰るのぉ?また来てねぇ?」に似てる。  ちなみにマキのそれは、イタズラ半分、無意識半分だ。 「そんな顔して誘ってんのか?生憎だけどお前にはもう飽きてんだよ」 「ヒデェなおい」  マキはチッと舌打ちをこぼし、診察室を後にする。  そのままレントゲン室の方へ寄って、順番を待っている時に、マキが、 「あー、喉渇いた」  と呟いた。オレは急いで自販機へ向かおうとした。が、突っ立っているだけかと思った加藤が、マキの前にサッと水のペットボトルを出した。ご丁寧にキャップも取ってあった。 「サンキュ」  受け取って一口飲んで、突っ返すマキ。  加藤は文句も言わず、その水にキャップをつけて手に持った。  なんだこれ?執事か?  オレは秘書という役職の職務を知らないから、その加藤の行動が普通なのか行き過ぎなのかよくわからなかった。  とにかく、オレはこの時から、加藤を警戒し始めた。 ☆  その後昼の1時を過ぎてから病院を出た。  総合病院というのは、なんでこんなに時間がかかるんだろうと考えていると、正面玄関に黒塗りのセダンが停まる。  そのセダンから加藤が出てきて、後部座席のドアを開けた。マキはなんの躊躇いもなくその車に乗り込んで、ついでオレも隣に乗ると、加藤は無言でドアを閉めた。 「お腹空いた」  車が走り出してすぐ、マキが言った。  オレは耳を疑った。  マキは、家では腹が減ってるのか減ってないのかわからないのだ。だからオレはいつも、(一般的に)食事の時間といわれる頃に適当に食事を出す。マキはそれを、囚人みたいに規則的に摂取する。  なのに、だ。今コイツお腹空いたって言ったよな? 「この間入れなかったレストラン、予約してますよ」 「マジ?やるな加藤」  と、後部座席から運転席のヘッドをバシバシ叩く。散々叩きまくって、それからこれ見よがしにため息を吐き出した。 「でもさぁ、俺今日そこの気分じゃないんだよなぁ」  オレは隣に座るコイツが、本当にマキなのかを疑い出した。確認するために、試しに両腕をマキの首にかけ、ギュッと力を込めてみる。 「うぁっ、な、なに?くるし、だけど…」  ギョッとした顔のマキが、でもだんだんトロンとした目になって、苦しげ(快さげともいう)に喘ぎながら勃起した。オレのちんこが。  そこでパッと手を離す。  間違いない。オレのマキだ。 「ゲホッ、ゲホッ…はっ、はぁ…なに?なんだよ急に?」 「悪霊が取り憑いてるのかと思って確認したけどお前は無事だ」 「はあ?」  首絞められて喜ぶようなヤツはマキだ。オレのマキ。ちんこ痛い。 「とにかく、俺は今日は寿司の気分。なあ、ユキも寿司食いたいよな?」 「オレは今すぐお前が食いたい」 「ユキも寿司がいいって!」 「……承知しました」  加藤がそう言うと、マキは満足そうに後部座席にふんぞり返った。  その寿司屋は、ビルとビルの間にちょこんと暖簾を構えていた。その暖簾に書かれた漢字は達筆過ぎてオレにはなんと書いてあるかわからなかったけど、感ではなんちゃら寿しと読めた。  暖簾をくぐって無遠慮に引き戸を開けたマキの後についていく。 「いらっしゃい…ああ、牧さんの…修哉くんかな?」 「そう。久しぶりだな」  白い菱形の帽子に(帽子といっていいのかはわからん)、白い服を着たおじさん(五十代後半)が、柔和な表情で笑って出迎えた。  マキはそのおじさんに無愛想な会釈を返し、堂々とカウンター席の真ん中に座った。名前まで覚えてもらっている相手に対してとても失礼だと思った。あと、両腕を広げて回転できないくらい狭い店で、カウンター席しかないのに、真ん中に座るとは何事か?とも思った。  もう一個付け足していいのなら、回らない寿司屋なんて初めてきた。単純に嬉しい。 「ユキ、こっち座れよ」 「あ、うん」  少し緊張しているのは否めない。だってこんなとこテレビでしか見たことないもん。マキの部屋にはテレビ無いから、もう半年くらい前の記憶でしかない。 「ここ、オヤジがよく通ってたとこなんだよ。んで、俺もよく来てた。オヤジが死ぬまでは」 「へぇ」  大将(そう呼ぶことにした)が愛想のいい笑顔を向けて、一つ目の料理を出した。突き出しというヤツだ。お通しともいう。  マキの右隣で、オレは恐る恐る箸を取る。マキはオレの顔を眺めながら、ニコッと笑った。ほんとコイツ、オレの顔好きだよな。 「最近は牧さんとこ誰もきてくれないからさ、久しぶりに修哉くんが来てくれて嬉しいよ」  大将がカウンターの向こうで忙しそうに手を動かしながら、本当に嬉しそうに言った。 「修哉くん、甘海老好きだったよね」 「ん」 「いいのがあるんだよ」  と、大将はアレはどうだ?コレはどうだ?と色々握ってくれた。マキはそれらを食べたり食べなかったりして、残した分をオレが食った。  加藤は、パクパク寿司を食うオレたちの後ろで、ただ突っ立っていた。  ヒモ生活をしていたオレには、人をひとり養うくらいの金を持った人間しか周りにいなかったから、高級な寿司を食う後ろでただ立っているだけの人がいるという状況が、とんでもなく異様だった。 「ユキ、付いてる」 「ん?」  マキの視線がオレの口元を凝視する。オレが手をそこへ向かわせるより早く、マキの唇が迫ってきた。米粒を舌ですくうと同時に、触れる程度のキスをして離れた。  挑発的で、艶かしいマキの視線。後で懲らしめる必要があるな。  大将がお顔真っ赤にして見てる…おいコラっ!!そんな欲望丸出しの顔してマキを見るんじゃありません!! 「やめなさい。公序良俗に反します」  オレより先に怒ったのは加藤だ。そんでその怒りは、大将じゃなくてマキに向けられていた。  怒る時は怒るんだな、と思った。甘やかしてるだけかと思っていただけに、意外だ。 「うっせぇな…もう帰ろ、ユキ」  さっと、本当に急に、立ち上がったマキに、オレだけじゃなくて大将も驚いた顔をした。  ごちそうさま、と言って、マキが店から出て行く。チラッと後ろを見ると、加藤がクレジットカードで支払いをしていた。  二月の風は相変わらず冷たくて、オレはその寒さを少しでも和らげようとマキの右手を掴んだ。  マキの手はあったかい。そう言うと、心が冷たいからだと答えるけど、マキの心は冷たくなんか無い。  人を殴ってもなんの罪悪感も抱かないオレと違って、マキはなんでも自分のせいにして落ち込むくらいには人の心を持ってる。  いつもニコニコして猫をかぶる自分とは正反対で、常にムスッとしているから誤解を生みやすいだけだ。 「うまかった?」  少し街路を歩いたところで、マキがニコッと笑って聞いてきた。 「めっちゃうまかった。お前あんなもん常に食っててなんでオレの飯が食えんの?」 「手料理は愛なんだって」  それはつまり、オレの努力は無駄じゃ無いってことで、いいんだよな? 「ユキのクソマズ飯だって、俺の愛と根気と無関心の前では大した不味さじゃ無い」 「ぶっ殺すぞテメェ」  さっきまでの感動をムダにしたマキに、オレは流石に堪忍袋の尾が切れた。ちなみにオレの堪忍袋は、人の何十分の1くらい小さい。  オレは笑顔を浮かべたままマキの右手をがっちり掴んで引っ張った。  そのまま路地に連れ込み、奥まで引っ張って歩いた。突き当たりは何処かのビルの壁で、居酒屋でもあるのか、ビールの空瓶が詰め込まれたケースが重ねて置いてあった。  マキをその突き当たりのコンクリートの壁に突き飛ばす。ドッと鈍い音がした。肩からぶつかったようで一瞬顔を歪めた。 「痛い!」  と睨むマキを無視して、オレは言った。 「オレは朝からずっと気になって気になって仕方ないんだ…」 「はあ?」  睨みながらも、軽く首を傾げたマキ。 「あの加藤ってヤツ、お前に甘過ぎない?なんだよ、アレ。実はオレの知らんとこで色目使ったんじゃ無いのかよ?一ヶ月仕事のときはほとんど一緒だったんだろ?…顧客相手はさぁ、仕事だから許せるけど、加藤相手は仕事関係ねぇよなぁ?それはいくらなんでも許せねぇよ…」 「ちょ、ちょっと待て!違う、本当に加藤は違うから!」 「はあ?あんだけ面倒見てもらってわがまま言って違う?何が違うんだよ?」  それは!と、叫ぶマキの口を手で塞いで壁に押し付ける。 「ブッ!?」 「黙れよ」  このマキの焦った顔が最高です。  オレはマキを押さえ付けたまま、デニムと下着に手をかけ、ちょっとズラしてマキのちょっと硬くなったものを取り出した。  マキは不審な顔で、オレの腕やら肩やらを叩く。 「んっ!んんーっ!」 「うるさい!」  ギュッとマキのものを握ると、マキは静かになった。不審な表情は消え、キョロキョロと辺りを見回す。多分、「人が来たらどうしよう?」と言っている。 「あのさぁ、オレは多分物凄く寛大な男だけど……度が過ぎると流石に怒るよ?」  ゾッとした顔。オレはそんな顔を眺めながら、地面に膝をついてマキのものを口に含んだ。 「ふぁっ…!」  オレの肩に両腕を突っ張って、快感に耐えるマキは可愛い。 「あ、ぁ、ユキ…やめ、外だか、あぅ」  瞑った目尻にジワリと涙の滴が滲む。可愛い。  オレはそのまましばらくマキのちんこを舐め回し、思いっきり吸ったりしてから口を離した。 「ふ、あ…出した、い、のに…」 「ダメ。大将をエロい目にしたお仕置きだから」 「?????」  混乱中。 「それ、俺悪くない」 「エロいお前が悪い」  なんで?という顔のマキの口に指を突っ込んで濡らし、後ろの穴を探る。 「やぁあっ…!」 「声抑えろよ」 「ムリっ」  マキの中の指を動かしながら、必死でしがみついてくるのが可愛くて顔がニヤける。  可愛いマキを見ていると、やっぱり加藤の顔がチラついてしまう。なんだよ、あいつ。仏頂面のクセに気遣いの鬼かよ。つかアニキの秘書なんだったらアニキのとこ行けよ。チクショー。 「ユ、ユキ!ケツ!ケツ裂けるから!!」  おっと、いつのまにか指三本入ってたわ。 「マキ腰上げて」 「んっ」  片足を抱えてケツを支え、カチカチのオレのを取り出して充てがう。外というのを気にしていたクセに、自分から腰を落として迎え入れてくれるインランマキ最高。 「ぁぁぁ、ふ、ぅ」  マキの半分ダラシなく開いた口から、唾液が伝うのを舐めとった。 「マキ、口と尻緩すぎ」 「うるさ、い!……ユキ…加藤なんだけど」 「うるさい!」  今この体勢で加藤とか言うマキは頭がおかしいとオレは思う。 「聞いてっ、て…ぅあ!?ん、んんっ」  下から突き上げると、観念したのか喋らなくなった。オレが腰を動かすたびに、しがみついてくる腕の力が増し、小刻みに震えているのがわかる。 「あっ、そこ!届いてる、ぁぁっ、奥来てる、んぁ」 「ちょっと静かにしような、マキ」 「んふぅ…ん、んっ」  快感に思考がトンだマキの口をキスで塞ぎ、さらに腰を振ってガンガン突きまくった。  オレが出すのと同時に、マキも出そうとしたから、咄嗟にマキのを掴んで止める。 「んぁ、んん!ん!?んんん!?」 「服汚れるから我慢しろ」 「クソヤロウ!!鬼畜!!」 「だって向かい合ってたらオレも被害に遭うじゃん」 「死ね!!!!」  クソ!とか言いながら震えてるのもまた可愛い。  そんなマキを放っておいて、オレは自分の衣服を整えた。それから、マキの左腕を掴んで支える。マキはヨロヨロと下を履いた。危ないなぁとか思う。  その直後だった。  ふと視線を感じた。  振り返ると、すぐそこに加藤がいた。 「怖っ!!!!」  思わず大きな声が出た。ついでにマキを支えていた腕も離してしまった。 「ぅあっ!?」 「あ!」  支えを失ってよろけたマキ。  右肩から倒れる。そこに、ビールの空き瓶が詰まったケースが三段重ねてあって。  ガラガラガッシャーンと、空き瓶を撒き散らしてすっ転ぶマキ。 「あっちゃー」  と、人ごとのように言ったのは、もちろんオレだ。  加藤が後ろで、盛大にため息を吐き出した。

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