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第6話

 暮羽は苦渋に満ちた表情で高杉を見つめた。  高杉のものになるなんて死んでもご免だった。  しかし、ここで死ぬ訳にはいかないのだ。  死なない為には、道はひとつしかない。  一番選びたくない選択肢だった。  しかし、選ぶしかない。 「⋯⋯わかったよ。永遠にあんたのものになってやるよ」  苦々しい顔で言うと、高杉は嬉しそうににっこり笑う。  やっぱりこいつはどんな顔しても気持ち悪いな、と思った。  顔の造りが気持ち悪い訳ではない。  高杉はイケメンではないが、特に不細工でもない普通の顔だ。  しかし内面から滲み出る狂気のようなものが、顔を歪ませて見せているようだった。 「良かった。やっとわかってくれたんだね」  高杉は嬉しそうな笑みを浮かべて暮羽に近付いた。  そしてゆっくりと暮羽を抱き締める。  暮羽の体が悪寒で震えた。  鳥肌が立ってくる。  我慢し難い不快感だった。 「言い忘れてたけど⋯⋯」  暮羽は高杉の耳元で囁いた。 「何だい?」  高杉がうっとりと訊き返す。 「さっきのは嘘だよっ!」  暮羽は怒鳴ると、油断している高杉の腹に拳を打ち込んだ。 「うぐっ」  高杉は体を折り曲げて苦しそうに呻く。  そして暮羽は、倒れ込む高杉を飛び越えて急いで玄関に走った。  インターホンはまだ鳴り続けている。  それが救いだった。  ここを出る事ができれば、インターホンを鳴らしている人に助けを求めれば、きっと助かる。  焦りながら玄関の鍵を開け、チェーンを外す。  そしてドアノブに手をかけた時、腕を掴まれた。 「ひっ」  振り向くと高杉が血走った眼差しで睨んでいた。  手を振り解こうとするが、暮羽の力では適わない。  包丁を奪い返しておくべきだったと後悔するが、もう遅い。 「騙したんだね。やっぱり、一緒に死ぬしかないみたいだね」  穏やかなしゃべり方が余計に恐怖を煽る。 「い、やだっ!嫌だーっ!!」  暮羽はパニックに陥って叫んだ。 「一緒に死ぬんだっ」  高杉が包丁を振り上げる。  包丁が振り下ろされるのと、玄関のドアが開くのがほぼ同時だった。 「何してるんだ!?」  玄関の外でインターホンを鳴らし続けていた人物が叫ぶ。  高杉はその人物を見てひるんだ。  包丁は狙いを外し、暮羽の右の上腕を掠めて床に落ちる。  よろける暮羽を抱きとめたその人物は、広瀬だった。 「雪村君!腕に怪我を⋯⋯!」  広瀬は血が流れる暮羽の腕を見て目を丸くする。  暮羽は広瀬の姿を見て心底安心した。  これで逃げられるんだと実感して、緊張が解ける。  怪我の事など気にならなかった。  自分が何故広瀬に対して安心感を持つのか、やっと理解できた気がした。  抱きとめてくれた広瀬の胸にそのまま顔を埋める。 「広瀬さんっ⋯⋯怖かった⋯⋯っ」 「大丈夫だよ。もう大丈夫だから」  広瀬はまだ恐怖に震える暮羽を抱き締めた。  そして、高杉を睨む。 「高杉、今後二度と雪村君に手を出すな!!」  きつい口調で言うが、高杉には聞こえていなかった。  放心状態でこちらを見つめている。  広瀬はまだ震えている暮羽の肩を抱いて、外へ出た。  後には、放心状態のままの高杉が残されていた。      その後、暮羽は広瀬のマンションに連れて来られていた。  腕の怪我は大した事はなく、広瀬の手で消毒され、包帯が巻かれている。  ガラスで傷ついた指や足首も消毒してくれた。  簡単に昼食も食べさせてくれた。  監禁された上に怪我をさせられているので警察に届ける事もできると言われたが、それはやめておいた。  それほど大きな怪我を負わされた訳でもないし、原因が原因だったので大事にしたくなかったからだ。 「とにかく無事で良かった。この前の電話でただ事じゃないってわかったんだけど、なかなか高杉の行方が掴めなくてね。警察にも一応通報はしてみたんだけど、訪問はしてくれたみたいだけど決定的な証拠がないと家の中には踏み込めないらしくて」  未だ震える暮羽にココアを差し出しながら、広瀬が言う。  広瀬の手も微かに震えていた。  前にも一度、インターホンがしつこく鳴った事があった。  あれは広瀬が警察に通報してくれて警察が訪問したのだろう。  ココアを飲んで、暮羽もようやく落ち着きを取り戻した。 「俺が油断してたのがいけなかったんだ。あの日、武田たちと飲み会した帰りに、アパートの近くでいきなりあいつが出て来て、多分スタンガンか何か使われたんだと思う」  暮羽はそう言って肩を震わせる。  広瀬は怒りに顔を歪めた。 「なんて奴だ⋯⋯!」 「でも広瀬さんに電話繋がってたし、何とかなるだろうって思ってたから。運良く足の首輪も切る事ができたし。それに何だか、広瀬さん見たら安心しちゃった」  暮羽はそう言って微笑んだ。  広瀬は何故か辛そうに暮羽を見つめる。 「実はね、君に大事な話があったんだ。こんな事になってなければもっと早くに言おうと思ってたんだけど」  やがて広瀬は決心したようにしゃべり始めた。 「何ですか?」  暮羽は怪訝そうな目で広瀬を見る。 「僕にとっては大事な話だけど、君にとっては迷惑な話になると思う」 「それってどういう⋯⋯?」 「これ以上、君にも自分の気持ちにも嘘をつきたくないから言うけどね、僕も⋯⋯君の事が好きなんだ」  広瀬は戸惑いながらも、真剣な顔でそう言った。  暮羽は大きく目を見開く。 「こんな事、男の僕に言われても気持ち悪いだろう?本当は高杉の事だって偉そうに言えた立場じゃなかったんだ。僕も奴と同類だよ」 「⋯⋯そんな」  何か言いたいのだが、思うように言葉が出て来ない。 「僕の事も無視してくれてかまわないよ。高杉みたいに付きまとったりしないから安心してくれ」 「無視するなんてできないよ⋯⋯」  暮羽は広瀬を見つめた。  もうわかっていた。  何故広瀬に対して安心感が湧くのか。  そして何故、広瀬の側だと落ち着くのか。  広瀬も自分も男だったので、この感情に気付くのに時間がかかったが。 「俺、広瀬さんの側にいると何故か落ち着くんだ。何だか、すごく安心できるんだ」  そう言って微笑む。  広瀬は驚いた顔で暮羽を見た。  高杉のように軽蔑されるに決まっていると覚悟していたから、暮羽の言葉は意外だった。 「雪村君⋯⋯?」 「前に広瀬さん、言ったよね。好きになったら性別も関係なくなるんじゃないかって。今やっとわかったんだ。俺、広瀬さんの事好きなんだ」 「本当に⋯⋯?」  広瀬は、まだ半信半疑の眼差しだ。  暮羽は真っ直ぐな瞳で広瀬を見つめる。 「広瀬さんの側にいるだけで安心できるから。こんなふうに感じた相手、今までいなかったから。きっとそういう意味で好き、なんだなって」 「ありがとう。すごく嬉しい」  広瀬はようやく幸せそうににっこり笑うと、暮羽を抱き締めた。  暮羽もゆっくりと広瀬の背中に腕を回す。  鳥肌など立たなかった。  逆に広瀬の体温を心地良く感じる。  自然と、2人の唇が重なり合った。  それでも嫌悪感はない。  暮羽を支配するのは安心感だけだ。 「あの、俺⋯⋯広瀬さんになら何されてもいいから」  唇を離して、暮羽は照れながら言った。  暮羽が言いたい事を理解した広瀬は、嬉しそうに目を細めてもう一度暮羽の唇を塞ぐ。  そのキスは、ただ触れ合うだけのキスではなくなっていた。  暮羽はそのまま、寝室へと誘われた。      男同士という事に戸惑いやためらいがない訳ではなかった。  もともと暮羽は同性愛者ではないし、広瀬もそうだろう。  しかし、相手が広瀬なら多分大丈夫だと思った。 「あ、あのっ」 「大丈夫だから」 「う、うん⋯⋯」  暮羽は羞恥心で顔が真っ赤だった。  同性愛者ではないが、どんな行為をするのかくらいはわかっている。  自分と広瀬なら、おそらく自分が受け入れる側だろう。  広瀬は暮羽をベッドに押し倒すと、服を脱がせ始めた。  暮羽は顔を真っ赤にしたままだ。 「可愛い」 「⋯⋯嬉しくない」 「あのね、雪村君」 「暮羽でいいよ」 「じゃあ、暮羽。人間て、痛みは多少ひどくても我慢できるものなんだけどね、気持ちいい事は中々我慢できないものなんだよ」  広瀬はそう言ってにっこり笑った。  暮羽はいまいちそれが理解できない。  そしてそれを理解するのは、事が済んでからなのだが。  広瀬はそれ以上は何も言わず、暮羽の首筋に唇を落としていった。  鎖骨、胸へと唇が移動してくる。 「んっ」  歯を食いしばっていたが、声が漏れた。  広瀬が乳首に吸いついたのだ。  ゆっくりと舌で突起を愛撫する。  暮羽は自分の中心が熱くなるのを感じた。 「あっ、んっ、んっ」  身をよじるが、逃げられない。  再び唇を塞がれた。  広瀬の舌が暮羽の口の中を犯す。  歯列をなぞられ、舌を絡め取られる。  唾液が混ざり合い、口腔内に溜まってくるのをこくりと飲み込んだ。  口の中をゆっくり犯される内に、段々と体が熱を持ってくる。  やがて広瀬は、暮羽の股間のものを握った。  キスだけでそこは熱を持って立ち上がってきていた。 「は、あ⋯⋯っ」  暮羽は驚いて目を丸くする。  いきなり握られるとは思っていなかった。 「ここ、もう硬くなってきてるよ」  広瀬はそう言って指を動かす。 「んっ、あっ、やぁ⋯⋯っ」  暮羽の体がびくっと跳ねた。  広瀬は体をずらして、暮羽のものを口に含んだ。  暮羽の口から甘い吐息が漏れる。 「あっ⋯⋯だ、だめっ、あぁっ」  何とか逃れようとするが、力が抜けて抵抗できなかった。  広瀬の舌が暮羽のものを翻弄する。  快感に暮羽の体が震えた。 「だめっ、出るっ、やっ」  暮羽は腰を引こうとするが、広瀬はやめてくれない。  先端を舌先でつついたり、口を窄めてカリを擦られる。 「ん、は、あっ、ダメっ、出るぅっ⋯⋯く、ああっ」  やがて暮羽は、広瀬の口の中に白い液体を吐き出した。  広瀬はそれを飲み下して、にっこり笑う。 「やっぱり暮羽可愛いよ」 「だからそれ、嬉しくないってば⋯⋯」  一方的にされた事が悔しくて、暮羽は広瀬を睨んだ。  広瀬は嬉しそうに笑っている。  そして、文句を言う暮羽に口付けた。 「ん⋯⋯」  広瀬の舌は先ほど自分の放ったものの味がしたが、唇を離そうとは思わなかった。  ゆっくりと暮羽の口腔を犯しながら、広瀬は暮羽の下の口に指を当てる。 「あっ」  暮羽は短く息を飲んだ。  指はゆっくりと蕾を撫でる。  しばらくしたら指が襞を広げて、中に入って来た。  ローションを使ったのか、指の侵入はスムーズだった。  わかってはいた事だが、素直に受け入れるのはためらわれた。  だからと言って拒む事など出来ないのだが。  指はゆっくりと内壁を撫でる。  初めて受ける刺激に、快感か不快感かわからない感覚が全身を突き抜けた。 「ぁ⋯⋯っ」  思わず喉声をあげる。  やがて指は2本に増やされた。  圧迫感が強くなる。 「や、気持ちわる、い」  中で指が指が動くたび暮羽の体を突き抜ける感覚は、まだ快感と呼べるまでには至っていないが、それほど不快でもなかった。  やがて、広瀬の指があるポイントを刺激する。 「はぁっ、んぁっ⋯⋯」  暮羽の腰がびくんと跳ねた。 「ここだね」 「な、何っ?」  それがとてつもない快感だと、暮羽はまだ気付かない。 「前立腺だよ。ここ刺激すると気持ちいいでしょ?」  広瀬は何度もそこを刺激した。 「は、んっ、あっ、あっ、やぁ⋯⋯っ」  刺激される度に快感が突き抜け、思わず射精しそうになってしまう。  その内、指が3本に増やされて圧迫感が増すが、引き続き前立腺を刺激されて快感も強まる。 「ああっ、やっ、だ、めっ」  股間のほうが弾けそうだった。  3本の指で散々そこを慣らされた。 「も、やぁ⋯⋯っ」  暮羽は首をふるふると振って快感をやり過ごそうとする。 「そろそろ大丈夫かな?」  広瀬がゆっくりと指を抜いた。  その感触だけでも快感が走り、体を震わせてしまう。  そして次に当てがわれたのは、指よりももっと太くて熱いものだった。 「入るから、力を抜いて」  耳元で囁かれ、言われた通りに力を抜く。  広瀬はゆっくりと腰を進めた。  力を抜いても、押し広げられる圧迫感は耐え難いものだ。 「あっ、ああっ、きつ、い⋯⋯」  生理的な涙が出てくる。  広瀬はその涙をぺろっと舐めた。 「好きだよ」  苦しそうに喘ぐ暮羽に、広瀬は優しくキスする。 「俺、も⋯⋯っ」  暮羽も、広瀬のキスに応えた。  やがて暮羽の中に、広瀬のものが全て入った。  広瀬はゆっくり腰を動かす。 「あっ」 「痛い?」 「だい、じょぶ⋯⋯」  暮羽はきつく目を閉じていたが、首を横に振った。  広瀬はそれを見てにっこり笑う。  動きは段々激しくなっていった。  圧迫感はあったが、散々慣らされたお陰か思ったより苦痛は少なかった。  やがてその圧迫感も快感へ変わっていく。  前立腺を広瀬の太いもので刺激され、射精感に襲われる。 「んっ⋯⋯あぁっ、はぁっ」  暮羽は声が漏れそうになるのを必死で堪えるが、それも長くは持たなかった。  広瀬のものに自分の内壁が吸いついているのがわかった。  はち切れそうになっている前を広瀬に緩く握られて扱かれる。 「あっあぁっ、んっ、も、だめ⋯⋯あぁっ!」  押し寄せて来る快感に耐えられなくなった暮羽は、絶頂を迎えたと当時に意識が飛んでしまった。  意識を失う寸前、広瀬も腰を震わせて熱を放ったようだった。  気が付くと、広瀬の腕の中だった。  広瀬の寝息が聞こえる。  体はさっぱりしていたから、おそらく広瀬が綺麗にしてくれたんだろう。  時計を見たかったが、動くと広瀬が目を覚ますと思ったのでやめる事にした。  暮羽は再び目を閉じる。  眠る気にはなれず、考え事をしていた。  あれから高杉はどうしたのだろう。  相変わらずまた何かを企んでいるのだろうか。  嫌な事を思い出してしまい、体をぶるっと震わせた。 「ん⋯⋯」  広瀬が目を開ける。 「あ、ごめん。起こしちゃった?」 「ん⋯⋯ん?」  暮羽を見た広瀬は、驚いて一瞬目を丸くする。 「どうしたの?広瀬さん」 「ああ、うん。夢じゃなかったんだなって思ってね」  広瀬は怪訝そうな暮羽の顔を見てにっこり笑った。 「夢じゃなかったって、何が?」 「ああそうだ、僕の事は快都でいいからね」 「え?あ、うん」  暮羽は何が何だかわからないまま頷く。 「ね、快感は我慢するの難しかっただろ?」  広瀬は笑顔で訊く。  暮羽は少し考えてから顔を真っ赤にして頷いた。 「ねえ、それより夢じゃなかったって、何が?」  照れ隠しに広瀬を睨む。  しかし広瀬は幸せそうににこにこ笑うだけで答えてくれない。  答える代わりに暮羽に優しくキスする。  暮羽はそれで、広瀬の言いたい事がわかってしまった。  暮羽が自分の腕の中にいる。  これは夢じゃない。  おそらく広瀬はそう言いたかったのだろうと感じた。 「晩御飯までまだ時間あるから、もう少し眠ろう」  キスの後、広瀬が言った。  暮羽は頷いて、広瀬の腕の中で目を閉じる。  広瀬の側が、暮羽にとっての安心できる場所だった。  このままずっと、広瀬の側にいたいと思う。  そして再び、眠りに落ちていた。

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