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第7話
翌日、暮羽は自分のアパートに戻った。
携帯電話は広瀬が拾ってくれていた。
どうやら壊れてはいなかったらしい。
ケースのお陰か無傷だった。
武田のナンバーを呼び出し、かけてみる。
『暮羽ぁ!?お前、今どこにいんの!?』
「今は自分のアパートにいるよ」
『すぐに行くからな!どこにも行かないで待ってろよっ』
電話はすぐに切れた。
そして5分もしない内に、武田はバイクを飛ばしてやって来る。
広瀬に聞いて知っていたのだろう。
武田は暮羽の姿を見ると、何も言わずに抱きついた。
「無事で良かったぁ。広瀬さんに聞いてから、気が気じゃなかったんだぞ」
「ごめんな。心配かけて」
「大変だったんだからな。写真サークルの連中なんてそりゃもう必死になって高杉を探したりして」
武田はうんざりしたように首を振った。
「うん」
「まあ広瀬さんが何とかしてくれるだろうとは思ってたけどな」
「あー⋯⋯」
「でさ、一体、何があったワケ?」
武田は早速、興味津々といった顔で訊いてくる。
暮羽は少々呆れたが、そんな武田を見て微笑んだ。
そしてすぐにこれまでの出来事を話す。
広瀬に告白された事と、その後の事は省いたのだが。
「そんな事があったのか⋯⋯大変だったな」
武田は気の毒そうに暮羽を見る。
「悪夢だったよ。首輪が皮製じゃなかったら未だにあそこで監禁されてたかも」
暮羽はまだ足首に残る傷跡を見て、身震いした。
右腕にも包帯が巻かれているし、指は小さな切り傷だらけだ。
「広瀬さんがいて良かったな。で、どうよ?」
武田は急ににやにやと笑い出した。
「どうよって、何が?」
武田が何を言いたいのか判らず、暮羽は首をかしげる。
「だーかーらぁー、広瀬さんとはどこまでイってんのかって事だよ」
「はぁ!?」
「だってさ、モデルやった時に広瀬さんがお前に一目惚れしたって感じしてさ。訊いたら本当だったから陰ながら応援してたんだぜ」
武田はそう言って眉を動かす。
しかしこれで、武田と品川が広瀬にこだわっていたのが理解できた。
つまり始めから、広瀬と自分をそういう関係にさせようという魂胆だったのだ。
「それにお前も結構、広瀬さんの事は気に入ってたみたいだし」
「まあ、それは⋯⋯」
当たらずしも遠からずなのだが。
しかし武田は鋭いのか、それとも暮羽が鈍いのか。
暮羽は少し混乱した。
「お前さ、俺と広瀬さんがそういう関係でもいいワケ?軽蔑しないのか?」
「別に軽蔑なんてしねーよ。お前綺麗だし、広瀬さんは文句なしにカッコイイし。お前と広瀬さんならそういうのも有りかなって思ってさ」
武田はそう言って笑う。
「おいおい⋯⋯けど、正直言うと色々あってそういう関係になっちゃったんだよ。でもまあいいかって感じしてるよ」
暮羽は仕方なく白状した。
武田はにっこり笑う。
「やっぱりな。俺が思った通りだ」
得意気にそう言った。
「俺、お前が友達で良かったよ」
暮羽は相変わらずな親友に笑顔を向ける。
「やだなあ。照れるじゃんか。でも俺もお前と友達で良かったって思ってるぜ。お前といると退屈しねーからさ」
笑う武田の友情が嬉しいと感じる暮羽だった。
「そうだ、品川も心配してるだろ?」
「ああ。すげー心配してたぞ」
「無事だって事、教えとかなきゃな」
「後で電話してやれよ。でもほんと、お前が無事で良かったよ。とにかく顔見て安心した。じゃ、俺もう帰るわ。また連絡くれよな」
暮羽の肩をぽんぽんと叩くと、武田は立ち上がった。
「ああ、ありがとうな」
帰る武田を、玄関まで見送る。
そして武田は来た時と同様、バイクを飛ばして帰って行った。
武田が連絡したのか、すぐに品川から電話がかかってきた。
無事だと知って品川も安心したらしい。
落ち着いたら飲みに行こうという話をして、通話は終わった。
「これからどうしようかな⋯⋯」
この部屋を出たいと思った。
引越して心機一転したい。
実家は大学から遠いので実家から通うのは無理だろう。
しかし高杉がここを知っている以上、ここを出ない限り安心はできない。
再びやって来る可能性だってまだあるのだ。
やはり、どこか手頃な賃貸を探すか。
安心できる場所は、ひとつしかなかった。
しかし。
「迷惑⋯⋯かなぁ」
好きだと言われて、抱かれてもやはり。
居候させてくれなんて、とてもじゃないが言えない。
見かけによらず図太いと自分では思うが、流石にそこまで神経は図太くないのだ。
その時、電話が鳴った。
「はい」
『暮羽?僕だけど』
「快都さん?どうしたの?」
『暮羽、ずっと僕の側にいたいって言ってくれたよね。あれ、本気で言ってくれてたんだよね?』
「俺、そういう事は冗談では言わないよ。何で?」
広瀬が何を言いたいのかわからず、暮羽は不審そうな声を出す。
流された訳ではなく、あの時の言葉は本心だ。
暮羽の言葉に広瀬はほっとしたようだった。
『良かった。だったらさ、引越しする気ない?』
「引越し?まあ、このアパートを出たいとは思ってるけど」
『だからさ、僕のマンションに引越しておいでよ。余ってる部屋あるし、高杉みたいな変な奴が寄って来る心配もないから安心できるだろう?』
「え、いいのっ!?」
暮羽は目を輝かせた。
広瀬から言ってくれるとは思っていなかったのだ。
『いいに決まってるじゃないか。それに、暮羽が側にいてくれたほうが僕も色々と安心できるからね』
快都は嬉しそうだ。
何がどう“色々と安心できる”のかは暮羽にはいまいちわからなかったが。
生活費の話をすると、マンション自体は祖父の持ち家なので家賃は要らないと言われた。
光熱費も食費も要らないと言われたが、それは申し訳ないのでと辞退して、必要経費の半分は払うという約束を取り付けて落ち着いた。
1週間後。
武田と品川の手伝いで引越しはどうにか完了し、荷物の整理もようやく終わった。
引越しした事は、実家の親以外では武田と品川にしか教えていない。
暮羽はダイニングでテレビを観ていた。
もう夜である。
夕食は暮羽が作った。
広瀬は料理が得意ではないため、いつも外食かデリバリーで済ませていたようだ。
逆に自炊がメインだった暮羽は人並み程度には料理ができる。
「何だか俺、バチ当たりそう」
ソファでくつろぎながら、暮羽はつぶやいた。
すぐ側に広瀬がいる。
「どうして?」
「だって、快都さんの部屋でこんなに贅沢させてもらってさ」
「それはこっちのセリフだよ。僕のほうこそ、暮羽を一人占めしてるんだからね。いつバチが当たってもおかしくないよ」
広瀬はそう言って微笑むと、暮羽の頭に唇を寄せた。
暮羽はその言葉に絶句してしまった。
「俺なんか、いても大して役に立たないよ?」
「そんな事ないよ。暮羽が側にいてくれるだけですごく幸せな気持ちになれるんだから。それにね、宝物って役に立つ立たないの次元では考えないだろう?」
暮羽が真っ赤になるような言葉を、広瀬は満面の笑みを浮かべて言う。
暮羽はもう、言うのをやめた。
何を言っても、お互い好きなのだからそれでいいのだ。
悩むのも考え込むのもやめた。
お互いの安心できる場所があるのだから。
そして、広瀬が頼むならまたモデルを引き受けてもいいかな、と思うようになっていた。
もしも第二の高杉が現れたとしても、広瀬ならきっと守ってくれるだろうという安心感があった。
暮羽が写真のモデルを引き受けようと思い始めた事を、広瀬は知らない。
そしてそれが周囲にどんな騒ぎをもたらす事になるのか、暮羽はわかっていない。
今はただ、安心できる場所で安らぐのみ。
終。
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