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第3話 Side:M *

「失礼します! 王子! 早急の伝令が……ひっ」 「ノック」 「あぁ、あ、申し訳……」 「あとそれ僕に直接言うやつ? アイハとかノインは通した?」 「い、え、まだ……」  フィンと伝令兵の会話が聞こえてくる。珍しく声が低い。怒っている。珍しいこともある。そりゃ情事を邪魔されたら誰だって怒るものか。俺も早く出ていって欲しくて仕方ない。最奥で止まったままのものが、さっきから上手く良いところを押し潰している。フィンの手がなかったら間違いなく声が出ていた。無意識に後ろを締めてしまっている気もする。そっと視線だけ動かして兵の声のする方を見てみると、ちょうど顔をあげた兵と目が合ってしまう。その瞬間、自分が何を邪魔したのか理解した兵が慌てて立ち上がる。正直見なかったことにして欲しいのだけど、無理だろう。 「じゃあ行くべきところは分かるよね? 見たところ新兵くんかな? 今日のところは見過ごしてあげるから、早く出ていってもらえる?」 「は、はい! 申し訳ありませんでした!」  声を張り上げた伝令兵は素早く踵を返して、部屋を飛び出していった。それを確認したフィンの手が口から離れて、ようやく息を吸える。しかし呼吸を継ぐ暇もなく止まっていた律動が開始される。密着した体勢のまま、片足の膝を曲げて持ち上げ、抱き抱えられる。耐えていた奥の方を今度は律動で刺激されて一度落ち着いた快感がまた頭を埋めていく。 「ごめんね、邪魔入っちゃって。欲しかったよね」 「っあ、ち、が……んッ、あ、アッ!」  後ろが反応してしまっているような気がしたのはどうも気のせいではなかったらしい。でもそれは早くと求めていた訳ではなくて、ちょっとした生理反応みたいなもので無意識にやっただけで。と、話せる余裕は当然どこにもなくて、触れていた奥と前立腺にやっと刺激が送られ始めると、正直な体は反応を返してしまう。  この体では、快感から逃げるために腰を引くことなんて出来ないし、イきそうだからと足を閉じることも出来ない。好きに足は開かれるし、引き寄せられた腰は二度と逃げられない。一度反応のいい角度を見つけられると、そこからガンガン叩きつけるように何度も後孔を貫かれる。急な強引な責めに体は一気に絶頂を見せ始める。 「だめッ……! あッ、あっ、くる、イ、く……ッッ! やっ、あッ!」 「ごめんね、ちょっと待ってね」  イけそうだと思った瞬間、根元をキュッと握られて吐き出そうとしたものが戻ってくる。ギリギリの射精欲が余計に快感を引き立てて、後ろにまた力を入れてしまう。それが内襞が抉られるような快楽を産み、堪えられない感覚が体を飲み込んでいく。達したくて、前を握るフィンの手に手を重ねるが、それを放してくれる様子はない。 「はなせッ、や、だ、あッ! あ、あ、ああァッ!」 「さっきはだめって言ったじゃない。少しだけ、我慢して?」  それは本能的に咄嗟に出ただけで、本心じゃないことくらいフィンにもわかっているはずなのに。少し足を動かされて、また少し角度をつけられると頭はもう出したいイきたいということしか考えられなくなる。お前が少し萎えたのは俺のせいじゃないだろ。そう悪態をつく余裕は当然無くて、フィンが追い付いてくれるのを必死に待つ。どうせ一緒にイきたいとかそんな理由。そんな微調整できない。 「んァッ、あッ! も、むり、むり、ッ! あ……、ん、──っっ、ああ゛ッ!」  出したい出したいという欲に、必死に左右に首を振ると、突然手が離れ、指先が先端に向かう。直後、亀頭に爪を立てられ、合わせて最奥を貫かれる衝撃に抑え込まれていた欲がやっと吐き出された。少し後に、後孔に熱いものを感じて、やっとゆっくり息を吐き出す。  それからフィンはすぐに抜いてくれないのを知っている。しばらくこのまま余韻に浸って、少ししたらやっと抜いてくれるか、二回目が始まるかする。今日はもう晩飯が食べたいから終わってくれると嬉しいけど、それはフィンの気まぐれだから分からない。荒い呼吸を落ち着かせようと頭をベッドに沈めていると、フィンの指先が汗の滲んだ額を撫でた。 「……あっつい」 「みたいだね、後で拭くものもらってくるよ」  先ほど隠れた時に布団を体の上に被ったままだったから、いつも以上に暑くて、熱が籠っていた。フィンが背中の布団を剥ぐと、冷えた空気が暑い体を冷ましてくれる。火照った体が冷えていくのが心地好くて、ゆっくり息を吐き出していると、フィンがそっと体を倒して首筋に口付ける。それから舌先が鎖骨まで伝っていき、鎖骨に吸い付かれる。甘い口づけの音の後、顔をあげたフィンがこちらを見て楽しそうに笑う。キスマークでも付けただろうことは想像がつく。どこに付けようと、明日必ず誰かしらには見られてしまう。最早みんな俺とフィンの関係は知っていたし、今さら恥ずかしいことはないけれど。どう思っているのだろうということは、不安だった。  キスマークをつけたことで満足したのか、フィンはようやく体を放してくれる。あげていた足をゆっくり下ろして、ベッドに横にしてくれた。それから柔らかい布で腹と後孔に付いたものを拭ってくれる。 「ご飯とタオルもらってくるね」 「ん……」  フィンはそれだけ告げて部屋から出ていった。正直疲れてもう寝たかったけど、ちゃんと食べないとまた痩せてしまう。  俺の毎日なんてこんなもの。朝から晩までずっとベッドにいて寝ている。時折ベッドから降りて部屋を這って回っても変わったことはほとんど起きなかった。唯一運動といえばフィンに抱かれることくらい。これで腹が減るなんてことはないのも当然だった。変わりのない日々が楽しくない訳じゃない。本心では、フィンが俺を大切にしてくれていて、歩けない俺でも見捨てずに隣に置いてくれていることがとても嬉しかった。  でも、やっぱり。この箱庭は、俺には狭すぎた。今俺は生きているのか、それとも生かされているのか。  あの時、いっそ死んでいたら。 「っ、ぅ……」  嫌なことを考えそうになる頭をベッドに押し付ける。一人で考え込む時間があまりにもありすぎて、それは悲観的になるには十分すぎた。  違う。あの日目を覚ました俺を見て、みんな生きていてくれて良かったと言ってくれた。死にたいなんてお門違いだ。生きているだけで、喜ばないと。高望みはしてはいけない。俺は優遇されているんだから。こんなの贅沢な悩み事。  フィン、早く戻ってこないかな。泣きそうになるのを必死に飲み込んで、温かい食事を持ってきてくれる俺の生きる意味を、ただ待つだけしか出来なかった。 「情けないなぁ……」  吐き出した一言は、誰の耳にも届くことはなかった。

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