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第2話 Side:M *

 それから何時間眠っていたのだろう。ベッドが揺れる振動で思わず目を覚ました時には日は落ち、部屋は暗くなっていた。明かりもつけないままに眠ってしまっていたから、部屋の様子は見えないが、自分が何に起こされたのかはすぐに気づいた。ベッドに飛び乗ってきたらしい部屋の主は、そのままベッドの左端によって寝ていた俺に強く抱きついて来ていた。引っ付いたことで鼻に届く香りで、それが誰かということは考えずとも分かった。 「ふぃ、ん? ん、お前、なに……」 「んー、みゅー、つーかーれーたー」  起きたばかりでまだ覚醒しきっていない俺に構わず、フィンは抱き枕よろしく俺にしがみついてうりうり頭を押し付けてきた。フィンの体温が体に伝わってくる。そういえば今日は朝から公務に引き摺り出されていたか。朝から駄々をこねるのをノインが引っ張って行くのを見送った。コイツのことだからちょっとした公務くらいそつなくこなしてきたはず。それなのにこれ見よがしに甘えられると軽く鬱陶しい。そして暑い。 「はいはいお疲れさん。後でいくらでも聞くから、先に晩飯……」 「えー……、ミュー、なんで僕がここに直帰したと思う?」  話している間に布団の中に潜り込んで来たフィンのまだ冷えた手が、体温で温まった腹を撫でていくのを感じる。冷たい手が気持ち良くてくすぐったい。言いたいことは分かるけど、正直俺は飯の方が欲しい。という意図を込めて視線を向けるが、フィンは俺の体を仰向けに転がしてその上に跨がる体勢になり、頬に唇にわざとらしい音を立てながらキスをしていく。 「僕はご飯よりこっちが欲しいな?」 「…………」  妖しく笑うその表情を、黙って見つめる。こうやって求めてくるのは初めてではない。むしろ、いつものこと。だとしても、それをなし崩しにはいはいと受け入れるわけにはいかない。フィンに、その一言を要求する。俺がその言葉を待っているのを知っているフィンは、少しだけ黙ってからそっと頬に手を添えてから、口を開く。囁くような一言が耳に届き、そっと頬に添えられた手に自分の手を重ね、柔らかく微笑む。 「仰せのままに……、好きにしろよ」  その言葉を聞くと、フィンは少しだけ悲しそうに笑い返してくれた。フィンはこんな言葉は必要ないと思っているだろう。むしろ、言いたくなどないだろう。でも俺が望むから、告げている。  ……この城の中で、俺が優遇されていることくらい分かっていた。普通、戦闘能力を無くした兵なんて、実家に強制送還されるものだろう。それなのに俺は城に、まして王子の部屋に置かれている。それは俺が特別扱いされているからだということに他なかった。フィンがそうしている理由は知っている。俺が、フィンにとっての特別となってしまったからだ。  俺が近衛兵の隊長をやっていた頃からすでに、フィンは俺に対して特別な言葉を伝えてきていた。でも、俺はただの一兵だから。それに答えることは出来ないと思い、ずっと断ってきた。ただ、「命令だ」と付け足される言葉にだけは答えていた。王子の命は近衛兵にとって、絶対である。だからフィンに対しては呼び捨てで、タメ口を使っていた。恐らく、フィンは知らないだろうけど、それだけで十分城の他の人間には冷たい目をされてきた。馴れ馴れしすぎると、幾人に言われてきた。……きっと、今頃そう言ってきた兵は「穀潰しでありながら王子の部屋に居座るとは図々しすぎる」と憤っていることだろう。その言葉はフィンにも届いているはずである。それでもフィンは俺を部屋から解放することはなかった。  ただただ答えられない気持ちを伝えながら体を奪う。……本当は答えたかった。俺だって同じ気持ちだと伝えたかった。でも、そうしたら。今でさえ大きな手間をかけているのに、もっとフィンの邪魔になってしまう。フィンは王子、いつか王になって国を率いる。そうなった時にまだ城に俺がいたら、その足枷になることは目に見えている。  だから、本当の気持ちは言えなかった。ただ、その命令に従っているだけ。「黙って抱かれろ」という命令に。  きっとこれが今の俺の役目。足が動かなくても、鳴くことは出来たから。いつかもっと好きな人が出来て俺のことなんかすぐに飽きる。それまで、ただ気持ちを押し殺して身を委ねるだけ。愛しい者を見る視線が、優しく撫でる指先がどれだけ苦しくても。俺はただ義務として愛されるだけだ。  被せられていた布団が剥がされて、横腹に触れていた手がそのまま服をたくしあげていく。その指がそのまま胸の突起を摘まんで遊ぶのを、唇を噛んで声を堪える。最初はそこは何も感じなかったのに。こうやって弄られるうちにいつの間にかピリピリとした痺れる快感をもたらすようになっていた。もう一方の手は、腹を撫でていく。 「やっぱり、また少し痩せたよね」 「そう、でもないだろ……、っ、ぁ……」  俺の目にはあまり見えないが、腹筋の辺りを撫でていたフィンが小さく呟いた。昔はどこを触ってもしっかりとした固さがあったそこは、少しずつ柔らかさを持つようになっていた。フィンは何も返さず、少しそこを撫でた後、その手を下肢に向かわせた。その手が躊躇いなく下着の中に突っ込まれて、まだ反応を示していないそこを扱きだす。思わず下の方に意識が向いてしまうと、それを狙ったかのように胸に爪を立てられ、痛みと快楽の入り交じった感覚が頭に届く。それだけで体は簡単にその気になっていくのだから恨めしい。親指で押し潰したり捻り回したりするのが小さな快楽となる。するともっとイイのが欲しいと体が勝手に求め出す。  そうしている間に芯を持ち始めた自身の方で亀頭に爪を立てられ、重なった欲に吐息の混じった甘い声が出てしまう。空いた手を口に当てて、せめて声を押さえようとしているのを見て、フィンは一旦手を離す。それからまだ着たままだった下着も纏めて脱がされ、下半身を露出する形になる。何度見られても恥ずかしさが勝って隠れたくなるが、残念ながら動かそうとした足はぴくりとも動かない。変わりにフィンが動かすと、いとも簡単に秘孔は眼下に晒される訳である。フィンは片足を肩に担いで、片手は尻を開いて、もう片方の手で冷たい液体を後孔に擦り付けていた。毎回ちゃんと潤滑油は使ってくれることは幸いだった。最初はそういう知識はないものと思っていたが、俺以上にしっかり勉強していた。その分、本気で抱きたいのか、と少し怖かったが。 「ふ、ぅ……ぁ、あ……」 「痛くない?」  閉まっているそこを開くように、指先が押し込まれてくる感覚がある。入っている、という感覚は何回やっても不思議なものがあった。でも、指一本で限界を迎えるほどやわではない。いや、柔らかいのか。 「だい、じょぶ……何回やってる思ってんだよ……ん、あッ!」 「それだけ余裕あるなら大丈夫だね」  クスクスと楽しそうに笑いながら、いれていた指を急に三本に増やして、奥までグッと押し進められると急な感覚に声を堪えるのが間に合わない。そのまま入れた指が中を拡げるように指を広げたりするのに混じって、時折一番触れて欲しいところを掠める。わざと決定的な刺激はしてこない。それがもどかしい。そこに欲しいのに。固いので、突き上げて欲しい。行為を知った頭はその先にある快楽を求めて、フィンに向けて目でねだり始めていた。最初から抱きたいと言いながら来たんだ。フィンだってもうさっさと入れたいはず。それを求めて、甘えた上目でフィンを見上げると、フィンは悪戯っぽく笑う。 「ここ、もう欲しいの?」 「ぁッ、ん、……ほし、おっきぃの、……んッ、ア、ちょ、だい……」 「ふふ、……素直になったね」  奥を弄っていた三本の指が引き抜かれ、両足をしっかり開かされる。膝を曲げて腰があがるように押さえつけられるのに対して、抵抗するような動きは一つも出来ない。全身が見えるような体勢が嫌でも、押さえられた下半身は一つも動かない。固いものが後孔に触れるのを感じて、息を吐き出し、視線をフィンに向ける。 「……ッん、く……、あっ」 「痛くない?」 「へ、ぃ……き、だから、はやく……」  指とは比べ物にならない質量を感じながら、ゆっくり呼吸を次いでいると、フィンの手がふと頬を撫でた。優しい声が耳に心地いい。いつの間にか目も暗闇に大分慣れて、目の前にいるフィンが見えるくらいにはなってきた。そこにあるのは真剣で余裕のない男の顔。それだけで、心がふわふわと満たされていく。この男をここまで乱すのは、俺だけだと。 「入ったけど、動いていい?」 「ん……うん、いい、よ……っん、あっ、」  あくまで優しく丁寧に接してくるのがくすぐったくて焦れったい。処女の初な女の子なんかじゃないのだから、もっと荒く乱雑にすればいいのに。俺にはそれくらいがちょうどいいのに。身も心も女の子にされているようなその感覚にだけは、どうしても慣れない。濡れた後孔が、挿入の動きに合わせて音を立てるのが、さらに自分を女の子にされている感覚を助長させるようで羞恥が頭を覆っていく。 「あ、あッ……んっ、ふ、ぁ……」 「かーわいい、早くしてい?」 「んぁッ! あ、あッ、ま、あァッ!」  腰が打ち込まれて、奥を貫かれる度に体が反応するのを堪えられない。足を持ち上げているフィンの手に向かって自分の手を伸ばして抑止を求めるけれど、返ってくるのは全身を突き上げられるような感覚。自身が昂っていくのが嫌でも分かる。止まらない責めに理性を持っていかれそうになった時、突然その責めが止まってしまう。 「んッ、ぅ、ん? え? わっ、」  ふと急にフィンが止まるものだから、咄嗟にフィンを見上げてみるとフィンは顔をあげて扉の方を見ていた。その顔は稀に見る機嫌の損ねられた時のもので、思わず首を傾げた瞬間、フィンは落ちかけていた布団を持ち上げて体を倒し布団と自分で俺を隠した。体が倒されることで、急に最奥に刺激が来て声をあげそうになった口にフィンの手が押し付けられる。

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