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『こんな事が無かったら・・彼らは俺も一緒に迎えてくれたのかな・・いや。よそう』 鍬を手にしたまま、ぼんやりと考える遠雷の前で、昂遠がせっせと土を被せている。 その様子に 「埋めていいのか?」 と遠雷は問うのだが、昂遠は「ああ」と呟いたきり何も話さなくなってしまったので、遠雷も彼に習って土を戻そうと手を動かし始めた。 二名の頭には雨粒がポツポツと当たり、やがて強さを増していく。 雨に隠れるように呟いた昂遠の声を遠雷は耳にしていたが余計なことは言わぬほうが良いと思い直し 「いいさ。丁度これで泥だらけの俺たちも綺麗になる」 と笑うだけに留めておいた。 その表情に昂遠は最初、面くらった様子であったが、軽く笑みを返すとまた鍬を持つ手を動かした。 「・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・」 一体どれほどの時間、手を動かしていたのか想像もつかない。 「こんなものか・・」 「そうだな・・」 ザアザアと激しく降る雨の中、土を被せ終えた二名は足早に小屋に戻ると、今度は桶を両手に持って外へ飛び出していく。 雨に晒される四つの桶を見下ろす昂遠の眉が苦痛に歪む。 本来であればこれを使うのは自分ではなく、旧友とその家族であったはずだ。 懐かしい友の顔が走馬灯のように甦っては消えていく。 『・・どうしてこんな・・』 無意識にそんな言葉が出てしまう。けれど、どれだけ首を振って拳を土に叩きつけたとしても生き返るわけではないのだ。どれだけ時間を巻き戻したいと思っても叶わない現実に昂遠は呆然としながらも神仏に祈りを捧げずにはいられなかった。 ポツポツと降り始めた雨は昂遠の肌を濡らし、空を灰色へと染め上げていく。 「・・・・・・っ」 閉じた瞼にじわりと熱いものが込み上げてくるのをグッと抑えながら両手を合わせ、亡くなった人たちの冥福をひたすら祈っていた。 「・・・・・・・・」 「・・これ、俺の代わりに洗ってくれ」 その時、急に現れた遠雷の声に昂遠はドキリと胸が跳ね上がった。 声の主を見てみれば、彼は慣れた手つきで自身の襟に手をかけている。水を吸って重くなった衣を脱げば、たちまち均整の取れた胸板が露になった。 きめ細やかな白い肌が夜露に濡れて光を帯びる。男の匂いを何ひとつ感じさせないその肌はしっとりとしていて、同じ男であるという事を一瞬忘れてしまう程だ。 昂遠はジッと彼の鎖骨から腕へと視線を滑らせていたが、見ているうちに気恥ずかしくなり、僅かに目線を下方へずらした。 「ん?」 衣服を受け取った昂遠は、何度も瞬きを繰り返しながら遠雷の腕をジッと眺めている。 「?」 「・・まだ脱ぐのか?」 「ああ。着ていたら風邪をひく」 「・・・着ていてもそうでなくても風邪を引きそうだが・・」 「まぁそう言うなよ」 心配そうに話す昂遠とは対照的に遠雷の声は明るく、ニコニコと微笑んでいる。 (ズボン)と靴のみの姿となったと思いきや、急に両手を伸ばしながらクルクル雨を浴びる姿を前にして、昂遠はフウと息を吐いた。 『相変わらずだな・・』 急にクルクル回っていた遠雷の動きがピタリと止まった。 その背を見ながら首を傾げる昂遠の前で、遠雷は何かに気付いたようにニッコリと微笑んだ。 雨に濡れているはずなのにニコニコと笑っている彼を見て、ますます昂遠の頭を疑問符が通り過ぎて行く。 「昂」 「?」 「俺たちの服が乾くまで、服を借りようぜ」 「ああ・・」 「よしっ!」 何かを思いついたのだろう。 遠雷が両手を挙げながら気合を入れたかと思えば、急に小屋へと走って行ってしまった。 「なんなんだ一体・・」 呆気に取られた昂遠だけが衣服を手にしたまま呆然とその場に立ち尽くしている。 一方、小屋へと戻った遠雷は桶を両手に持ちながら、また部屋へと舞い戻り、ありとあらゆる部屋に設置されたロウソクへと火を点していった。 薄暗かった室内に灯りが点され小屋の中がより見やすくなったこともあり、服を探そうかと歩き始めた遠雷であったが、何かを思い出したように足が止まり 「おお!風呂だ!そうだ!風呂にも灯りを灯さねば!」 拳をポンと叩くと風呂へと飛ぶように走っていく。 どったんばったんと激しく足音を立てながら動く音は外にまで響いており、その音を耳にして、昂遠は苦笑いを浮かべながら被っていた頭巾を脱いだ。 『相変わらず賑やかな奴だなぁ・・でも、その明るさが今は有り難い』 昂遠自身、先程まで目の前で起きていた事実を、なかなか認めることが出来ないでいる。 もしかしたら、自分たちは未だ宿にいて寝息を立てている最中なのかもしれないと、頭のどこかでは考えている。そんなわけはないと思っていても頭と感情がなかなかついて行かないのだ。

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