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「何だ?」 腰を降ろし土に手を伸ばそうとした遠雷は、その土から何やら禍々しいものが流れている事に気付き、慌ててその手を袖に隠した。 目を細めてみれば、今朝早くに市をうろついていた赤紫の煙によく似ている。そしてそれは盛り上がった土から湧き出るように空へと続いており、酷く薄気味が悪かった。 遠雷は最初、その様子をジッと眺めていたが、まずは昂遠の友を探さねばと場所を変えることにしたのだった。 「昂」 「・・・・・」 遠雷が昂遠の袖を持ち上げようとするものの、ぐにゃりと揺れるだけでなかなか力が入らない。 「行こう。お前の友もまだ見つかっていないんだ。シャキッとしろ。立て」 「・・・・・・・・・」 「雨が降る前に埋めてやらないと・・」 「ああ。分かってる。分かってるんだ」 「・・・・・・・」 昂遠の双眸は涙に濡れ、溢れた水滴は幾度も頬を伝っては顎へと落ちる。遠雷はそんな彼を見る事無く、ただ黙って彼の腕を肩へと乗せた。 「歩け。まだ小屋にも残ってんだ」 「・・・小屋・・?」 「そうだ。男が一人。女が二人。既にもう亡くなってる」 「・・・そうか」 それっきり昂遠は何も話さなくなった。 冷たい風が二名の頬を撫でる中、彼らはゆっくりと小屋へ向かって歩き出した。 その背をジッと眺めるように盛った土からは絶えずシュウシュウと赤紫色の煙が噴き出している。 二名は奇怪な風を感じながらも、そちらには目を向けず小屋の戸を開け、中へと入ることにしたのだった。 ギシィと扉を開けてすぐ、遠雷は支えていた昂遠の腕を解くと、床に横たわっている男の亡骸を肩に担いだ。その亡骸は既に硬直していたが、それに構うことなく倒れている男の顔を昂遠に向けた。 「お前の友人か?」 昂遠が軽く首を横に振ったので、遠雷は「そうか」と呟くと埋めた穴へ寝かせる為に運び始めた。その背後から 「ふ・・夫人・・・そんな・・・あっ貴女まで・・」 と話す昂遠の声が微かに聞こえたが、遠雷は振り返ることなく外へと向かうことにした。 『そうか。あの机か床のどちらかが子ども達の母親だったのか・・じゃあ。きっと一番長い時間、絶望を味わったに違いないな・・・』 そんな事をふと思う。 外に比べると小屋の中は、机や椅子があるせいで身動きが取りづらい。 机から棚までは人が一人通れるかどうかの狭さしかなく、そんな中、男が二人の女を庇ったとしても、やられてしまえばあとの事は容易に察しが付く。 戸口を塞がれ、腕を取られれば女の細腕で男をねじ伏せるのは難しい。後ろ手で髪を掴まれ机に押されれば尚更だ。その衝撃は卓に散らばった薬草が証明している。 「・・・やめよう。より一層胸糞が悪くなるだけだ」 その場を想像しそうになった遠雷は頭を振ると、寝かせていた亡骸の上にその男をゆっくりと重ねる事にした。火葬を行うこの地では、ちゃんと荼毘に伏せるように支度をするのが習わしだが、火を使うとその煙で変な噂が立つかもしれない。それを恐れて、今回は穴を掘りそこに埋めることにしたのである。 「・・・小屋か・・夫人はやっぱり子どもたちと一緒の方が良いな」 そちらを先にしようと思った遠雷が小屋に戻ると、丁度、夫人の亡骸を昂遠が横抱きの姿勢で運ぼうとしている最中だった。 「子どもたちの所へ・・運んでくるよ・・」 「ああ。気をつけて」 昂遠が通り過ぎる際、遠雷は夫人の顔を見た。衣服がちゃんと整えられていることを知ると、何とも言えない心地に襲われたのだが、グッと言葉を飲み込むと前を見た。 小屋に入り、床に倒れている女の亡骸を横に抱くと、ふと思い出したように天井に視線を向けた。 「・・あとは父親だけか」 不意にそんな言葉が突いて出てしまう。 『いや違う・・子どもも探さないと・・』 それは昂遠も同じであったようで、大丈夫か?と遠雷が声をかけると、昂遠は力なく頷いて視線を眼下に落としながら 「ああ。大丈夫。大丈夫だ」 と自分に言い聞かせるように頷いている。その様子に安堵しつつ、遠雷は鍬を手にすると 「埋葬しようぜ」 とだけ話し、土を器用に持ち上げると少しずつ穴へと戻し始めた。 「ああ」 昂遠も了承し、器用に土を持ち上げては穴へと落としていく。 サクッサクッと積み上げた土を持ち上げ、落すたびに亡骸が土に埋もれていった。 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・」 黙々と土を被せ続けて気が付けばすでに陽が傾き、夕刻へと近づいている。 ゴロゴロと鳴る空の下で土を被せ終えた二名は、子どもたちとその母親を寝かせた穴を前にして、何も話そうとはしなかった。ただ、こんな形での再会は昂遠も望んではいなかっただろうし、また彼らもきっと同じだろうと遠雷は思う。

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