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暗いせいで良く見えないが、遠雷の白い衣はちゃんと洗わないと汚れが落ちない。 しゃがみ込んで洗ってはいるけれど、この薄闇の中でちゃんと汚れが落ちているのか不安になった昂遠は手を止めて衣を水から持ち上げた。 時折『そういえば・・あいつは何をしているんだろう?』と、姿を見せない遠雷の事が気になり自然と手が止まってしまう。けれどその度に『まぁ今のあいつは、(ズボン)しか身に着けていないし、その姿では何処へも行けぬだろうから、小屋で何かをしているのだろう』と考えて再び手を動かすことにした。 そうこうしていると 「桶を持って風呂に来いよ」 と、遠雷が呼びに来た。その表情は明るくどこか声も弾んでいる。 自分との温度差に疑問符をいくつも散りばめながら、昂遠はその言葉に大人しく従うことにした。そうして浴室の湯気を知り「ははぁ」と口を開けたのである。 「風呂。入ろうぜ。入りながら俺たちの衣も洗おうぜ」 「ああ。そういやそうだったなぁ」 「ん?」 「風呂が好きな奴だっ・・おい!」 遠雷が身に着けている何もかもを脱ぎ捨てて、ぴょんっと湯船に飛び込んだ。 その瞬間、ざぶんと浴槽から大量の湯が溢れ出してしまい、昂遠は真横から勢いよくその湯を被る羽目になってしまった。 いくら雨で身体が冷えているとはいえ、この歓迎は有り難くない昂遠である。 「きもちいいー!ひょーほほほー!!」 「・・・・・・・・・・」 遠雷はというと、両手を天高く掲げながら、子どものようにわぁわぁとはしゃいでいる。 「風呂―!ひゅーっ!夢にまで見た熱水(お湯)だぁぁぁぁっ!」 「ちょっと待て!樽の中で暴れるな!風呂が壊れる!」 「ひゃー!!」 「こら!湯は大事に使え!潜ろうとするな!」 バッシャンバッシャンと湯を掛けられて昂遠は更にびしょ濡れになったものの、狂喜している遠雷には彼の声は届いておらず、満面の笑みを浮かべながら奇声を発している。 『もう・・好きにしてくれ・・』 いつもならブツブツと文句を言いながら彼の行動を窘める昂遠であるが、遠雷が大の風呂好きな事を知っている為、なかなか言い出せないでいる。 上手い返しが出来れば良いが、生憎今日は言葉が浮かんでこなかった。 「・・・はぁ」 「昂?」 暫く湯で遊んでいた遠雷の手がふと止まる。 急に昂遠が静かになったので、不安になった遠雷が振り向けば困ったような表情で自分を見る昂遠と視線が重なった。 「ん?」 暗く沈んでいた表情が柔らかくなったのを見て、遠雷がホッと息を吐いた。 「・・・・・・」 彼は息を吸い吐くと、長く伸びた前髪をかき上げて昂遠を見た。 その何処か艶めかしい視線に昂遠の目が丸くなる。 「どうした?入らないのか?」 ん?と言いたげな表情で昂遠を見る遠雷の表情は柔らかく、優しさに溢れている。 目を細めてこちらを見たかと思えば、湯で顔を何度も洗い眼を閉じて幸せそうに微笑む彼を見た昂遠がクスリと笑った。 「そうだな・・」 そう話す昂遠の視線が遠雷の鎖骨に向かう。白くすべすべとした肌を伝う様に水滴が伝い、それはやがて湯の中へと戻っていった。 四隅に点されたロウソクが静かに揺れる。 「・・・・・・・・・・・」 煙幕が張られるように白い湯気がモクモクと部屋を覆い、より幻想的な空間を作り出す浴室の中はシンと静かで雨音も聞こえて来ない。 昂遠の視線に気づいた遠雷が目を細めて微笑み、僅かに口角を上げながら視線を返す様を見て、昂遠の心の臓が一際大きな音を立てた。 「・・・心臓に悪すぎる」 『この無駄な色気と言う名の破壊力はどうにかならないものか』 遠雷は人間ではなく、木簡が人の姿となって現れた妖怪である。 だが、女性的なその美しい顔立ちは場所を移しても人の目を引いてしまう。 ただそこに立つだけでも彼が放つ強烈な色香は人を惑わせ欲へと誘うのだ。 義兄弟の契りを結び、共に暮らし過ごしている昂遠でさえも時折、遠雷が放つ色香にあてられ、頭がぐらつき立っている事がやっとの時もある。 それを知ってか知らずか、この目の前の遠雷という男はその気も無いのに無意識に誘うような瞳をして昂遠を待っているのだ。

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