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第1話

貴方の本を読む声が好き。 朝、少し眠そうにしている顔が好き。 いつからそう思い始めたのかなんて覚えていない。 気付いたら、好きで好きでたまらなかった。 俺だけのものにしたいって、そう思った。 願いが叶わなくても構わない。 この短い間だけでも俺は貴方を想っていたい。 静まり返った誰もいない廊下を少し小走りで急いだ。 朝のHR開始から5分、教室の後ろのドアからそっと中へ入り目立たないよう忍び足で自分の席へと向かう。 このまま気づかれないように。 そう願った瞬間、黒板の方を向いて喋っていた先生が突然こちらを振り返った。 目と目が、静かに合う。 「こらっ!高橋、また遅刻だぞ!」 ヤバイと思った瞬間、少し高い先生の声が部屋中に響き渡りクラスメイトたちが一斉に俺の方を見てクスクスと笑った。 これが俺のバカみたいな日常。 でも俺はこの日常をわりと気に入っている。 「すみません。夜中にゲームしていて寝過ごしました」 俺の言い訳に先生の口の端がピクピクとひきつるのがわかった。 その何とも言えない表情が面白くて思わず顔がほころぶ。 先生はいつも喜怒哀楽がはっきりしていて、まるで小さな子供のように表情がわかりやすいから、きっと純粋な人なのだろうと思う。 汚れなんか知らない可愛い人。 だから余計、俺の手で汚したくなる。 「お前っ!」 へらへらと笑う俺を先生はジロリと睨み大げさな程大きなため息を吐いた。 呆れられてもいい。 先生の中に俺が入り込める隙を見つけさせて欲しい、だなんて思ってしまうくらいに俺は先生のことが好きだった。 「ったく、後で職員室に来いよ」 半ば投げやりなように先生がそう呟く。 遅刻をする度、先生に職員室に呼ばれて長い説教が始まる。 だるいその時間も今では俺の大切な日課になっていた。 「授業始めるぞ~」 授業開始の合図に俺は机から教科書を出しパラパラとめくりそのまま視線は先生へと向けた。 先生の声に耳を澄ます。 少し高めで優しい声が俺の心にそっと触れる。 ずっと聞いていたくなる心地いい声。 俺がいつ先生を好きになったのか、実ははっきりと覚えていない。 高校で初めて担任になったのが先生で、毎日声を聴いていつの間にかその心地よさに浸っていた。 決定的な何かがあったわけではなく、気づいたら好きになっていた。 まさか自分が同性を好きになるなんてと悩んだ時もあったけれど、日に日に思いは強くなり今ではどう先生の心の隙に入り込もうかなんて考えている。 俺は先生以外の授業は全て居眠りかサボっている。 先生だけが特別だって気付いて欲しいからだ。 我ながら稚拙で面倒くさい奴だなって思うけれど、ただの生徒の俺にはこうすることしか思いつかない。 曲がったネクタイやすこし野暮ったい眼鏡さえも可愛いと思ってしまうくらいには重症で、この病の治し方なんてひとつしか知らない。 キーンコーン・カーンコーン 授業が終わってすぐ、俺は教室を出る先生の後を追って声をかけた。 後ろ髪が寝癖でぴょんと跳ねているのが先生らしくて可愛い。 触りたくなる。 「まーきちゃん!」 先生の名前は、吉田麻紀。 女みたいなその名前を俺は気に入っている。 先生はそれを気にしているけれど、まだ会ったことのない先生のご両親に先生を産んでくれたことと可愛い名前をつけてくれたことに感謝したい。 「高橋!その名前で呼ぶなっていつも言っているだろ!」 先生を名前で呼ぶのは御法度で、呼ぶ度にぎろりと睨まれるけれど、全然こわくなくてつい顔が綻んでしまう。 童顔な先生の顔立ちがそうさせるのかもしれない。 「えー可愛いのに。先生にぴったり」 つい本音を口にすると、ぎょっとした表情で先生は俺を見つめた。 口を滑らせたかもしれない。 「早く職員室に入れ、まったく……」 先生は呆れたようにため息をつくと、職員室の戸を開け中へと入った。 自分の机の前まで行くと椅子に座り目の前で突っ立っている俺を見上げキッと睨む。 「何でお前はしょちゅう遅刻するんだ!?しかも決まって朝のHRにだ。俺をバカにしているのか?」 俺の性癖に刺さる表情NO.1、先生の怒った顔。 最高にゾクゾクするから俺は先生に対してだけ変態になる。 笑った顔も可愛くて好きだけど、俺に向けて笑ってくれたことはまだない。 いつも怒らせてばかりな俺が悪いのだけど、少し寂しく感じる。 「別に俺、先生のことバカになんてしていませんよ」 馬鹿になんてするわけがない。 馬鹿にしていたら今こうやって向かい合って話なんてしていない。 俺がまともに話をする先生は麻紀先生だけ。 先生はきっと知らないだろうけど。 「なら、もう遅刻すんなよ!?わかったか?」 先生は安堵したような表情を見せ俺をたしなめるように言った。 その表情と声が可愛いくてもう少しいじわるしたくなる。 「先生が可愛いからつい意地悪したくなるんだよ。もっと俺だけを見てほしい」 つい口を滑らせて余計な言葉まで口にしていた。 俺だけを見て欲しいだなんて、駄々をこねる子供みたいで格好悪いのに。 「!?」 先生の目が大きく見開かれて俺の言葉に驚いているのがわかる。 先生の指から手にしていたボールペンがするりとすり抜けて床へと落ちた。 カシャンと小気味良い音が響く。 「落としましたよ?」 落ちたペンを拾おうとしゃがむとそれと同時に先生もしゃがんでペンに指を伸ばした。 机の下で先生と俺の視線が重なる。 眼鏡で隠れがちな先生の瞳は少し茶色味を帯びていて綺麗だと思った。 「先生」 口にした瞬間、引き込まれるかのように俺は先生の唇にキスをしていた。 触れるだけの一瞬のキスだけど、好きだよと口にできない想いを乗せた。 「ッ!?」 そっと唇を離し先生を見ると、先生は俺に何をされたのかすぐには理解出来なかった様で、驚いた表情のまま俺を見つめていた。 「もういいですよね。俺、教室に戻ります」 わざとにっこり笑って、俺は職員室を後にした。 先生は俺が職員室から出るまで固まったかの様にその場から動かなかった。 いきなりキスをした俺を先生は俺をどう思うだろうか。 知りたいけど知りたくなかった。 俺が教室に戻ると、クラスメイトの女子から声をかけられた。 「弘治、なんか嬉しいことでもあったの?顔、緩んでるよ」 「顔に出てる?」 「うん」 自分ではわからないけれど、さっきの出来事で俺の顔は緩んでいるらしく早急にポーカーフェイスを取得しなければいけない。 「なんでもないよ」 そう言ってはぐらかしたが、クラスメイトは訳が解らないといった様子で首を傾げていた。 言えるわけがない。 先生にキスをしたなんて。 キスをするつもりなんてなかった。 先生の瞳を見たらたまらなくて気づいたらキスをしていた。 嫌われたかな、気持ち悪いと思われただろうか。 そんなことをぐるぐると考えたけれど、先生とキスをした事実にたまらなくなってその日俺は家に帰って先生を想いながら抜いた。 白い肌に幾つも赤い痕をつけて快楽に喘ぐ先生の唇を塞ぐ。 涙で潤む先生の顔を想像すると一度萎えた物もすぐに勃ち上がった。 「っ、クソッ!」 切なさに気が狂いそうになる。 こんなこと望んでいるわけではないのに。 ただ好きなだけでよかったのに。 こんなこと、知りたくなかった。 続く

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